04.ねぇこの執着はのため?


「ランスロット、左腕仰角30度」
『はい』

 シュミレーション上のランスロット―――白と金でカラーリングされた機体はほぼ正確に30度上方に腕を向けた。

「はい、OK!スザク君、今日はもう上がっていいよ〜」
離れて隣に座るロイドが喜々としてデヴァイサーに告げた。
『え、もう良いんですか?』
「ええ、後は私たちのお仕事だから、スザク君はしっかり休んでちょうだい」
 セシルはにっこりと笑んで、モニターに映るスザクに返事をした。
 まだ表情にあどけなく幼い色を残す彼は17歳とは思えないくらい大きな眼を見開いている。碧の双眸はイレブンより寧ろブリタニア人に相応しい様相をしている、と常々このモニターを見るたびに思う。セシルは顔の美醜にはこだわらないが、毎日至近で顔を見る相手は出来れば美しいものであってほしい、と言う人間を否定する気はない。
 特派内唯一にして長い間待ち焦がれた待望のデヴァイサーはその心根を映したような甘く深い碧が似合う。その湖面は深い傷もこびりついた失意の念すら飲み込み素直な光を弾いている。特殊な生まれで軍属し、嫌な事も辛い事も沢山あっただろうに、ここまで彼はやってきた。セシルはその事に称賛の念を覚えるのだ。
 だが、一方でこの年若い部下が心配でもあった。優しいことは人の美徳ではあるが、軍人に関しては必ずしも当て嵌まるものではない。

 かつて共に仕事をしていた人間にも同じ危惧を抱いたことがあった。


「じゃあ、お先に失礼しますね」
「ええ、お疲れ様。気をつけてね」
「はい、ロイドさんも、お先に失礼します」
「はーい、明日は午後からでいいからねぇ」
「了解です」

「…ロイドさん」
「んー?」
 セシルは手に持ったボードに目を落としながら、自分の前で珍しくゆっくりと入力作業を行っているロイドの頭に問い掛けた。
「…いつになったらイジェクション仕様を?」
「あっは」
「笑ってごまかさないで下さい。スザク君の適合率は確かに素晴らしいものです。ですがだからこその危険が起こり得る。わかっているんでしょう?」
「んー、まあねぇ。」
 ロイドはごまかすように笑った。
「今はまだ、私達自身ですら、彼とランスロットの能力を計り切れない位ですから、仕方ないとは思います。でも人間なんですよ、いつか限界は来ます。その時に、ロイドさんはスザク君を」

「ねぇセシル君」
「…私の話はまだ終わってないんですけど?」
「えへへ。」
 ロイドは笑ってごまかした。このやり取りももう何度目だろう。セシルは溜息と共に不満を吐き出し、今は後ろ姿を見せているランスロットを見つめた。

 世界初の第七世代ナイトメアフレーム、嚮導兵器Z-01ランスロット。
 嚮導兵器と言う名の通り、世界最高峰の機動力を誇り、あらゆる局地戦を想定した機体を作り上げる。
 その理念の元、かかった開発費用も人材も、他の部署とは桁違いだ。
 そして、その注目の中始まった建造は、注目とは裏腹に遅々として進まなかった。

 やっと見つけだしたデヴァイサーだ。彼を得て初めて、真の意味で嚮導兵器開発が始まったと言っても過言ではなかった。現段階で彼ほどランスロットの操縦に長けた人間は居ない。だが、セシルはそんな問題とは全く別の、言うなれば私情の域でスザクの事を気にかけていた。鈍そうに見えて理詰めの得意な上司には見透かされている。
 気に食わないが、特派の古株職員なら誰でも危惧することではないかと思う―――そして、この上司もまた同じではないのか。

 しかしこの場合、セシルの私情とランスロットの脱出機構の設置は別問題である。

「…いくら機動力が落ちるといっても、パイロットの生命が保障されない機体に汎用化は無理だと思いますよ」
「でも、ランスロットに関して言えば、機動力の低下はスザク君に取って命取りになると思うんだけど?」
「だからといって!」
 ブリタニアには命より命令が至上とされる事がままある。
 強者が正義、厳然とした能力主義と民族主義、相反するそれが奇妙に同居するのがこのブリタニアという国なのだ。例え生粋のブリタニア人であろうとも、能のない者は蹴落とされる。そして、ブリタニア人の多くは、自身が弱者となる事を恐れ、全力で抗うのだ。
 結果としてブリタニアは世界の三分の一を占める超大国となった訳ではあるのだが。

 人命よりも成果を求める。スザクも名誉とは言えブリタニアの教育を受けた軍人だ。骨身に染み付いているだろう。だが、実際の問題として、特派は貴重なデヴァイサーである枢木スザクを失うわけにはいかないのだ。
 ランスロットの性能は、デヴァイサーの腕にかかっている。並外れた身体制御が必要なのだ。僅かな震えもフィードバックされ、ランスロットは感知してしまう。その繊細なまでの感知機能が、ランスロットの驚異的な高機動性を実現しているのだが、戦闘に於いても冷静に自身の肉体を操れる者などそうは居ないのが現状だ。

「じゃあ明日、スザク君自身に選んでもらおっか」
 矛盾する至上を持つ国。矛盾する選択肢を持つ機体。
 奇妙な融和を見せ、今は平穏に見えるブリタニアだとて、限界の不協和音はそこここで響いている。

 いずれ訪れるだろう、決壊の時は。
 それを思い、重苦しい予感にセシルは小さくため息を吐いた。









 翌日、迷わず機体の性能向上を選んだスザクにロイドは満足気に目を細め、セシルは年若い後輩の為により一層精のつく料理を作ってやろうと心に決めた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

20080304





ブラウザバックでお戻りください