10.君は世界、僕の世界のそのすべて 思えば。 枢木スザクはルルーシュと名を持つ存在によって今まで幾度か死んでいる。 勿論肉体の死ではない。それまでの自分を脱ぎ捨てて変わる事を精神の死と呼ぶのであれば、と言う前提に於いて、の事である。 一度目は、緩やかな死だった。同時に、激しく致命的な死でもあった。まず死んだのは、それまでスザクをスザクたらしめていた自我の強靭さであった。そして、自身のアイデンティティの根源であった父の死は、子供だったスザクの死と同義だった。それまで庇護される対象であった自身を、庇護する者として線引きを行う。精神の再誕。 二度目の死は、従順なブリタニア軍人の死だった。唯々諾々と、従うわけにはいかないと。七年前から纏う命の死だった。 そして、今。 主君の死と共に、ルルーシュの友人であったスザクも死んだ。 スザクの生の意義、その根幹に関わっていたルルーシュ。 洞窟の最奥、差し込む陽光、流れる真紅。 『全ては過去』 これからを。 輝かしい未来を作るはずだった、 暗く閉ざされようとしていた世界に唯一残された希望。 彼女を殺し、過去にする。懺悔ならいくらでも?ふざけるな! 誤りは誤りだ。自分と彼の犯した過ちは取り返しがつかない。消えた命は戻らず、謝罪は通らない。許しなんて、生きている者の傲慢だ。租界で、冨士で。奪われた一万の命、どう贖う! ―――箱の底に遺った希望を奪った魔物を、野放しにするわけにはいかないのだ。 流動する正義、流転する罪科。人の数だけ存在する世界、枢木スザクの世界は三度死に、生まれ変わりの瞬間にはルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの存在があった。 ユーフェミアの死後、手にした騎士公の位を正式に受理した。賜った位階はナイトオブセブン。主を死なせた騎士には破格の、寧ろ有り得ない昇進だ。 (口封じ、だろうか) こんな餌などちらつかせずとも、誰にも話さない。話す相手も居ないと言うのに。 それとも (手出しも無用、か) もともとブリタニアのお国柄、皇位継承権を持つ人間が、ブリタニア神聖帝国ひいては皇帝に弓引く事は大いに考えられることではあった。ここ数代の継承において、これ程までに大きな事件に発展させ、人々を巻き込んだ者は目新しいが、過去そのような人物が全く居なかった訳ではない。 世界にテロリストの首魁として名を馳せたゼロ。皇歴2017年12月10日の黒の騎士団蹶起事件、一夜にして鎮圧されたブラック・リベリオンの終盤、首魁ゼロは一人の騎士の手に掛かり討伐された報が反乱の翌朝、ブリタニア本国から世界に向けて発信された唯一の事実であり真実とされた。 顔を、名を隠したテロリスト。正体を、実名を明かせとメディアは本国に迫ったが、それが受け入れられることはなかった。ただ、厳格な戒厳令が皇帝陛下直々の下知で敷かれたという事実のみがとある新聞社によりすっぱ抜かれ、世間はゼロの正体を明らかにすることに一時は騒然となった。 ゼロの正体は秘匿されなければならない。 ―――それは何故? スザク自身にも謎はあった。本来であれば、主より先に死ぬは不名誉、後に行くも不名誉と、スザクは騎士侯位剥奪も免れないところであった。それが今や皇帝直属のラウンズだ。 ゼロを討ち取ったのがユーフェミアの騎士であったことは知れ渡っている。事件収束後、見計らったかのように与えられたナイトオブセブンの座。訝しむ人間は多かった。スザクとて自分の事ながら、否自分の事であるからこそ、勅使の言葉通り「皇帝陛下の恩情」或は「帝国の敵を討ち取った手柄」等という言葉で納得するわけにはいかないのだった。 ラウンズに任じられて一年が経つ。スザクはサングラスと遮光ガラス越し、半年ぶりに見るアッシュフォード学園の入口をハンドルにもたれて眺めていた。 放課後、友人同士で遊びに行く高校生達。 今の時期、期末テストが終わり、僅かな日暮までの時間をクリスマスカラーに彩られた街で過ごす生徒が大半だ。一年前に崩壊した租界外縁の被害も学園部付近に影響は及ばなかった。それすら奴―――彼の思惑であったのだろうが。 その彼の姿を見つけ、スザクは体を緊張させた。外から車内を見ることはできない、筈だ。だが、油断はできない。V.V.や、ギアスという力に関わっている以上、常人の常識は当て嵌まらない事は主が殺されたあの日から、重々承知していた。 だがそんな存在を知らぬ気に、窓の外の彼はバイクを引くリヴァルと話している。 門の所まで来ると、後ろから彼に新しく宛がわれた弟が走って追い付いて来た。弟は兄のポケットに突っ込んだままの腕に縋り、話し掛けている。 ―――今日は僕も連れていってよ ―――だめだ ―――どうして? ―――お子様は入れない場所なんだよ― ―――リヴァルさん、兄さんを何処に連れ込むつもりなんです? ―――イイトコロ☆ ―――ふ、不潔…。 ―――おかしな事を吹き込むなリヴァル。お前も、分かってるだろう、リヴァルのサイドカーは一人乗りだ。それともお前が代わりに行くか? ―――兄さんの意地悪!いいよ、僕は電車で行く!行きはしょうがないけど、帰りは僕と電車で帰ろうね! ―――仕方ないな ―――じゃ、話もまとまった所で、行きますよ王様! リヴァルがバイクに跨がり、彼がサイドカーに腰掛けた。 弟は走り出した兄を見送り、ゆっくりとスザクの乗る車に近づいて来る。スザクは自然な動作でウィンドウを開けた。 「何しにきたんです、騎士様がわざわざこんな所まで」 「…母校の様子を見に来てはいけないかい」 「母校ならね。今回は見逃しますけど、これ以上兄さんに近付くつもりなら僕が貴方を排除します。覚えておく事ですね」 それまで互いに擦れ違う形で視線を遣っていた、その目を不意に絡める。 ―――彼の妹に良く似せた、紛い物のビー玉だ。 「僕は貴方を排除する、義務と権利があります。お忘れなきよう」 「―――肝に命じておく」 「そうしてください。僕たち三人の為に」 にっこりと花の様に笑い、彼の弟は駅の方へ歩いて行った。 その場に留まり十分に離れた所で、スザクはウィンドウを閉じ、ハンドルに拳を叩き付けた。 「―――君は、馬鹿だ」 大切な者は、既に奪われているというのに!! スザクは腕を折り、顔を埋めて搾り出すように呟いた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 20080306 ブラウザバックでお戻りください |