03: この世界ごと君にあげるよ ―――だから僕を捨ててください。 さあ、玉座は君の物だ。 シュナイゼルが指差した。赤い絨毯の向こうには、いつか父親が座っていた椅子が主を持たぬままぽつねんと置かれている。 違います、俺は玉座が欲しいわけではない! ルルーシュは叫んだ。 なぜ?お前はその為にクロヴィスを殺したのだろう?腹違いとは言え、実の兄だというのに。 いいや、違う! クロヴィスは、罪のない日本人も一方的に殺そうとした!だから! だがお前はブリタニア人だ。所詮は他国の、しかも皇族の一員だ。お前がイレブンに肩入れする必要がどこにある? まだ彼の地が日本と呼ばれていた頃、受けた仕打ちを忘れたわけではないだろう? シュナイゼルの言葉は、優しく甘い。ルルーシュは涙が出そうになった。 肩入れしている訳ではない!ただ、日本人にも優しい人間は居るのです! 小さなルルーシュは言い募った。スザク。僕に君の意思の強さを。 「ルルーシュ」 スザクの肉声が後ろから聞こえた。 スザク! 声を出そうとして、出ないことに気付く。喉を通る呼気は、ひゅうひゅうと木枯らしに似た音を立てるだけだった。 それでもいい、と思った。スザクが居てくれるなら、自分はそれだけで強くなれる。今は自分の騎士になってくれたスザク。二度と手を取り合うなんて無理だと思っていたスザクが、自分のそばに居てくれると言ってくれた、それだけで心は温かいもので満たされた。母の死の憎悪も悲しみも今は遠い。 俺は振り返って声のした方を見た。だがいない。先程までの緊張で異様に視野が狭まっている事は自覚している。少しだけ周囲を見渡そうとすると、まるで酷く眠い時の様に眼球は思い通りに動かない。それに焦れた時、視界の隅にスザクを見つけた。 ―――赤い尾を引いて、倒れ込むスザクを。 「―――っ!」 呼ぼうとして声が出ないことに気付いた。 何が起きたのか解らず、この場に居るもう一人の人間を振り返ると、シュナイゼルは眉尻をさげ、困ったように笑いながらこちらに銃を向けていた。 「次は君の番だよ、ルルーシュ」 ルルーシュは爆発しそうな焦りとストレスを胸に凝め、水の中に居るように動作の鈍い身体に吐きそうな苛立ちを感じながらその総てを載せて仇敵の名を呼ぶ。 頭の片隅で小さく、幼い日の思い出がよぎった。その摩擦分だけ余計に不快感が強まる。 「―――シュナイゼル!」 ぱあん、と、三半気管を震わせる音を聞かないまま、けれど引いた引き金が確かな発砲を身体に響きとして伝え、僕は、俺は、ルルーシュはシュナイゼルが玉座に向かって倒れ行くのを見た。 ぱっと眼が開いた。 ゆるゆると乾いた温い風が頬を撫ぜる。 視界は終末の斜陽のように、温度の感じられない橙で世界を染めていた。 その中に、静かに本をめくる音と、シャープペンが紙の上を滑る音が混じって解けた。 「あ、起きた?」 囁くような声韻で、優しい色を滲ませて、彼が声を発した。 顔は、逆光に影となり、見ることは叶わない。だが、その声音だけで、柔らかく微笑む稚い顔と、大きな翡翠が目に見えるような気がして。 「スザク」 「なに?ルルーシュ」 寝ぼけてるの?と、二つ左隣に座ったスザクが右手を伸ばしてルルーシュの乱れた黒髪を撫で付ける。 「ばか、やめろ」 まだ呂律の怪しい口調でその手をうるさげに払うとルルーシュは身を起こした。 滅多にない姿勢で寝てしまったからか、首や背中が硬い。心なしか、満足に呼吸出来ていなかった時の様に、下腹や胸が疲労に痛む。 「う、」 「良く寝てたから起こさなかったんだけど。あ、今日は生徒会はなしだって。皆忙しいんだね」 「あぁ、まぁ中間考査前だからな」 前回平均点を下回ったリヴァルは今頃必死だろう。ああ見えて、自分の面倒は自分で見たがる奴だから、ヤマでも張っているかもしれないが。 「お前は?今日は」 「お仕事はなし。兼業学生も勉強しろって…ごめん」 「いや…」 僅かにひそめてしまった顔に気付いたのだろう、(あぁ、まだ寝ぼけているな)スザクが軍に居る事に微妙な反感を示しながらも諦めつつある、複雑な感情を解してスザクは謝罪した。普段はここまで感情を露にしないルルーシュが、珍しく不快感を面に出していた。 「どんな夢を見てたの?」 「…」 「あ、ごめん。でも、悪い夢なら人に話した方がすっきりするんじゃないかと思って」 それだけなんだ、ごめん。再度謝って、肩揉んであげようか。変な姿勢で寝てたから、凝ってるんじゃない?言いながら席を立つ。 スザクの一回り大きな皮膚の厚い手が、肩にかかった襟足の髪を掬い上げて中央に寄せた。肩に手を置いて、体温を伝えるようにゆっくりと揉みほぐす。制服の生地越しにも、スザクの高い体温を感じて、ルルーシュは不意に切なくなった。 左肩に置かれた手に、少しだけ身体を捩って右手を重ねる。 ルルーシュのそれよりも硬い掌の皮膚と、凹凸を刻んだ傷痕と。 「お前が、死ぬ夢を見たよ」 「…うん」 「夢だよ」、という言葉を期待した。「それは、唯の夢だ」、そう一言スザクが言ってくれれば、安堵して忘れてしまえる程度の夢だ。だが、 「酷い悪夢だ」 吐き捨てる様に呟いた。スザクから否定の言葉はない。 「ルルーシュ、僕は」 スザクが身を折って、ルルーシュの華奢な背中に額を擦り寄せる。 「この世界に、君の居場所を作ってあげたいんだ」 僕か世界か、生き残るのならそれは。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 20071119 ブラウザバックでお戻りください |