いっそ死へ導く毒であると言われた方が納得できるような透明度と清浄さで肺を満たす甘い大気はいかなる化学変化を起こしたのだろう、赤く色を変えた大気、太陽さえも常になく赤く赤く染める。そんな光を浴びて弾き返す、目前にたゆたい小さく砕ける波は血よりも明るいカーマインレッドだ。 波濤の砕ける他にはなんの音もない、この世界。 自分の呼吸さえも水音を邪魔する罪に思えてスザクは息を詰めた。 違う、この世界で自分が、呼吸をしていることこそが罪なのだと思う。けれど、既にこの場から動く気力もない。少なくとも心地良い水音を乱してまでこの場から去る理由もなく益もまたなかった。 02: 命の泉に眠るは一億の魂 みんな消えてしまった。 遥か昔の忘れられた宗教では、最後の審判の日、罪を犯した人間は塩の柱になってしまうと言う話をルルーシュに聞いたことがあった。聞いた時には薄ら寒いものを感じた。だって、もしかしたら僕だけが、突然塩になってしまうかもしれない。 そこに居た事を忘れられ、僕の存在をも忘れてくれるならそれで構わない。だがもしそうでなかったら? 消えた後まで、僕の犯した罪を暴かれる。君に迷惑をかけてしまうかもしれない。 そう言ったらルルーシュは複雑そうな顔で笑って、ばか、と言った。 お前が死ぬならきっと俺も死んでいる、だから気にするな。 僕はそれを聞いて、ありがとう、と言った。 僕が消えてルルーシュが消えて、そうしたらきっとこの世界に生きている人なんていないと思った。綺麗なルルーシュまで消えてしまう世界に生き残れる程精練潔白な人がいるとは思えなかったし、ルルーシュを死なせてしまうような世界ならあったって意味はないし、自分が生き残る価値もない。 だけど、僕は一人で生き残ってしまった。 どうしてだ? ロイドさんもセシルさんもシュナイゼル殿下も目の前で消えた。消えてしまった。 クラブハウスへ走った。学園内には赤い水溜まりが沢山できていた。 クラブハウスのルルーシュの部屋の扉を開けた。ナナリーの車椅子に水溜まりが出来ていた。 空が赤くなって、海に行った。赤以外の色を見たかった。 ―――海は赤かった。 ずっと耳を済ましていると、漣は囁き声だった。 ねぇ?幸せ? 一人だけで、淋しくない? 私たちは幸せよ だってみんな一緒になれたんだもの もう淋しい事なんてないんだ 聞くとも無しに耳を傾けていると、不意にばしゃん、と水音が響いた。 緩慢な仕種で振り返って、息を飲んだ。 ルルーシュ! 浜の波打ち際に、ルルーシュが俯せに倒れていた。ぺたりと砂についた腰を上げて、不様に震える脚を叱咤し、数メートルの距離を縮めた。 ルルーシュは、まるで漂流者が打ち上げられたような風情で下肢を波に洗われるまま、スザクが近寄っても反応しなかった。 首筋に触れて口元に手を宛てて、ほっとする。ごめん、と思いながら、ぱちぱちと頬を張る。 「ルルーシュ、ルルーシュ!」 「ス、ザク?」 小さな声で反応が返り、うっすらと瞼が開かれ瞳が覗く。 潤んだ瞳は、何故か海と同じ色をしていた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 20071116 ブラウザバックでお戻りください |