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まいにちまいにち、スザクは「おしごと」にいく。
おれはまいにち、「さびしい」きもちをひみつにしてきれいにわらい、スザクをおくりだす。そうするとスザクもわらってくれるからだ。
しょくにんのてでそだてられたおれは、C.C.というおんなのいとなむ店でうられていた。おれをめざめさせたのは、みせのまえをくるまでたまたまとおりがかったというスザクだ。とてもとおいところから、あたたかなくうきがからだにふきつけてきたかんじがして、おれはてあしをながれるちにねつがやどったようなきがしてめをあけた。
しばらくはぼんやりとして、めのまえにいるのがだれで、なにをされているのかわからなかった。くらいところからあかるいところにつれてこられて、ここにきた。
ふと、あまいあまいおいしそうなかおりがして、それまでかんじたことのなかった「飢」を知った。だけど体が動かなくてもどかしくて、そうしたらぼやけためのまえにきゅうにぎんいろの冷たいかんしょくがくちびるにあたって、その甘いものが舌にさわった。たりない、たりない、まだ、たりない!初めて生まれたかんじょうはそんなもので、おれはあまりにもひどいじょうたいに泣きそうになった。だけど、おれの言いたいことをわかってくれたのか、スプーンをあててくれるスザクは同じことをくりかえして、甘いものをおれに与えてくれた。なんどもなんども、かぞえ切れない位くりかえして、ついにはじめの一ぱいはおわってしまったらしい。そのころには大分おれの目も見えるようになってきていたから、スザクのもつカップの中が空であることが見てとれたのだ。
でも、それを見てもおれはまだ自分が飢えているとおもった。おれが自由に動くためにはまだ足りないのだ、と。
だからおれはそれを伝えようと口を動かした。しょくにんがおれに伝えてくれたように。
スザクとの生活が始まって、あと少しで月が一巡りしてしまいそうな頃に、やっとスザクはおれの名前をよんだ。
はじめのうちは気にしなかった、ふたりだけの生活に、特に名前はひつようではないからだ。だけど、「ずかん」にのってるひとつひとつに名前がついているのにおれに名前がないのは、なんだか負けてしまったようで胸がむかむかしてきた。
だから、スザクに名前をよばれたとき、おれはとても「うれし」かった。そうしたらスザクが「なく」から、それがとてもきれいで、だがなくことはかなしいことだ、とむかし聞いたような気がしたのでおれは楽しみにとっておいたおれのお菓子をあげた。スザクはまたきれいにないてわらった。
スザクと同じふとんで眠ったり、おふろに入ったりする。スザクはすごく良いにおいがして、スザクといっしょに眠るといやなゆめをみない。
一人でねなくてはいけない時、おれはたまにわるい夢をみる。それは、おれがまだ目をさましていない時の暗くて冷たい場所のことだったり、おれが目ざめて大きな声で呼んでいるのにふりかえってくれないスザクがいたりする。
でも、とちゅうでふっと、体が温かくなる感じがして、そうするとそれはスザクなんだ。それからわるい夢はみない。
だから、スザクが変なニオイをさせて帰って来た時は「不安」になった。おれはむやみにスザクに近づきすぎてたんじゃないか、とよくわからないけど怖くなった。おれはもう、スザクの手からしか、食べ物をうけとれないのに、スザクしかいないのに、スザクにはいっぱいいるんだ。おれのほかにも、いっぱい。
そんなのはいやだ、と思うし、だけどスザクにめいわくもかけたくない、とも思う。おれは自分のわがままな気持ちがおさえられなくて、困ってしまった。
毎日のように、スザクが外との間にある扉のかぎをがちゃりとあけて、俺はスザクが帰って来たのが嬉しくてスザクが一番最初に見るのが自分になるように一番の笑顔を作ってとびだす。そうすると、スザクがぎゅっとだきしめてくれるからだ。
でも、昨日のその前の前の日、スザクはとても怖い顔をして帰って来た。俺はなにかしてはいけないことをしてしまったのかと思って、足を止めた。スザクは怖い顔を泣きそうな顔に変えて、俺を抱きしめた。
明日からしゅっちょう?ふぅん、、明日は帰って来れない?お留守番かぁ。…、
その次の日も帰って来ないの?
俺はずっとスザクが帰ってこないのかと思ってとても悲しくなった。俺が会えない間、スザクは別のヒトといっしょにいるのかな、と思ったら、胸があつくて苦しくなった。スザクは悲しくないのか、とスザクの顔を見て、泣きそうな顔を見て、俺はもっと悲しくなったけど、ごめんね、しあさってには帰ってくるから!と言うスザクの言うことを信じた。しあさってって、明日の次の次の日だよな?
次の日、スザクは大きなバッグと俺を抱えて朝早く家を出た。スザクの運転する車に乗って、運転するスザクは初めて見たけどかっこいいかもしれない。なんて考えていたら、いつの間にか目的地に着いていた。
ちりん、と音が鳴って、ヒトが外に出てきた。知らないのに知ってる感じ、変な感じがする。
スザクは俺を地面におろして、出てきたヒトに、ルルーシュをよろしくお願いします、って言った。
俺はスザク以外のヒトといっしょにいたりしない、この世の終わりみたいに悲しそうな顔をしてスザクが背中を向けて、俺は何かを伝えなくちゃいけない気がして歩き出したスザクの後を追った。けど、名前を初めて強い声で呼ばれて、びく、と震えてしまって、それ以上動かなくなってしまった。
「三日で帰ってくるから。」
行ってきます。そう呟いて、スザクは行ってしまった。俺の手の届かない所まで。
「――――〜っ!!」
俺の喉が言葉とは思えない声を上げた。スザク、スザク、本当に帰って来るんだよな?お前は、ちゃんと俺を迎えに来てくれるんだよな?
そんな利己的な不安にみちみちて、だけど答えてくれるはずのスザクは行ってしまった。俺を一度も振り返る事なく、だ。
俺は、朝、スザクが選んで着せてくれた青いドレスのスカートをぎゅ、と握った。これは、スザクが俺の為に選んでくれた物だ。髪も丁寧に櫛を入れてくれた。結われたリボンも、履いている靴も。
だから、俺は、明日の次の日に帰ってくるスザクを待っていよう、と思う。何一つ欠けさせる事なく、スザクを迎えてやろう。
そう決意しても、遠ざかる背中がとても悲しくって、その場を動けないでいると、後ろから伸びた手に抱え上げられた。俺はじたばたと暴れたが、スザクと違い細い腕の持ち主はそれだけで不安定に揺れるから、俺は抵抗をやめた。
ヒトは、言った。
今日から三日間、わたしのミルクを飲んでもらうぞ。
スザク以外から与えられるそれに、俺は満足を覚えなかったが、食べなければ美しさは保てない。俺はしぶしぶそのヒトの手からミルクを飲んだ。
そのヒトのお店には、目覚めていない仲間がたくさん居て、俺もこの中の一人だったのかと思うと、たまにみる悪夢を思い出しぞっとする。
俺が預けられた初日に、プランツを買いに来たヒトがいた。けれど、どの子も目を覚ますことはなくて、残念そうに肩を落としていた。店の奥から覗いていた俺に気付いたヒトは、店主と呼ぶヒトに詰め寄って、俺を指差して大きな声で喋っていた。俺はそのヒトの真剣な目が怖くなって、店の奥に引っ込んだ。そのヒトは俺を追い掛けて、店の奥まできて、俺の手を掴んだ。俺は泣きたくなった。冷たい手にぞっとした。指に付けている装飾の指輪が、俺の服の袖に引っ掛かりそうで動けなかった。恐怖にすくんだ俺にそのヒトはなおも触れて来て、顔を覗き込まれた。俺は顔を歪めて、その冷たい手を堪えた。追いかけて来た店主が客をあしらい、店の外に連れていって、俺はやっと、緊張を解いた。
次の日は、俺はもう一度もお店には出ていかなかった。その夜、ミルクを満足に飲めなかった俺は―――飲んだけれど満足な気持ちになれなかった―――テレビの前に座っていた。明日、明日スザクが、とぐるぐる回る視界を我慢していると、店主はバチバチと画面を変えて、それを何となく見ていた俺は、とある一シーンで抱えていたクッションを放り投げた。
無音だけれど、その場に居ればすごい音を立てていそうな背の高い建物が崩れる光景と、飛び上がった、月光に照らされた白いシルエット。
「―――ク!」
店主が、なんだ、という顔をしたけれど、俺はそれに構わず口をぽかんと開けて、そのうち失速して背中から落下して画面から消えてしまった白い影に悲鳴を上げた。
「―――――あっ!」
声を出すことに不慣れな声帯が不様な悲鳴を上げた。スザクがここに居なくて良かった、と少しだけ思ったけれど。
カメラのアングルの問題だったのだろう、月に手を延ばした白い影は、まるで助けを求めているように見えて、スザクに重なった。俺はテレビにかじりついた。
けれど、テレビは大勢のヒトを映すばかりで、白い影は二度と映らなかった。俺は、怖くて恐ろしくてぽろぽろと結晶化した涙を床に落とした。スザク、スザク、スザク。俺はここに居るのに、お前は誰を、何を求めているんだ。
翌日、涙は粘膜に良くない事が判明した。目は腫れるし、肌は荒れる。俺は濡れたタオルを押し上げながら、痛む目をこじ開けてテレビを見ていた。
一夜開けて、あの白い機械にスザクが乗っていたとは限らないのに何故こんなに気にしているのか、馬鹿じゃないのか、と冷静に呟く自分がいたけれど、気になるものは気になるんだから仕方がない。今日中にはスザクが迎えに来てくれるはず。
夕方近くになって、俺はこっそりお店のウィンドウから外を見に行った。スザクの影はまだ見えない。俺は小さくスザク、と呟いた。大分滑らかに発音できるようになった気がした。昨日は店主の前で幸いだった、スザクの前であんな不様な姿はさらせない。
まだ来ない、まだ来ない。日が暮れて、だんだん身体が重くなる。お店と奥の部屋を往復し始めて、両手両足の数で足りるか、と言う回数を数えた頃、漸くスザクに似た姿をウィンドウの外に見つけた。早く、早く来て、と思っているのに、スザクは途中で足を止めて俯いてしまう。何をしてる、俺はここだ!そう思って、スザクが何を考えているのか俺にはさっぱりわからない事がとてつもなく怖いことに思えて来た。スザクは背中を向けた。まさか、俺を置いて帰ってしまうつもりなのか?
俺はふつふつと煮えたぎる怒りと凍り付く恐怖を同時に感じた。いつか見た夢と同じ。
背中を向けるスザク、俺が手を延ばしても、振り返ってくれない背中。
俺は駆け出した。ゆるさない、許さない、赦さない、俺を捨てて、俺以外の何かに心を患わせるなんて、奪われるなんて、そんな事!
酷く身勝手な欲望だとわかっていた。けれど、向けられた背に感じたのは、恐怖に支えられた怒りだったのだ。だから、火事場のなんとか、と言う奴で、俺は力いっぱい重い扉を押した。がらんがらん、と盛大な音を立てた扉を背に、俺は走る。スザクを追いかけて、追いかけて、追いかけて、…やっと捕まえた。
はぁはぁ、と切れる息に、声が出ない。けれど、スザクはやっと振り返ってくれた。ふにゃりと強張った顔を和らげて、膝をつき、今度は逆に俺に縋り付く。
「ただいま、ルルーシュ」
「お帰りなさい、スザク」
俺は頑張って練習した言葉を、やっとの思いで口に出した。
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20080522
お留守番編。
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