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 山のような彼の服を(しかもなぜかみんな女の子のものだ、似合うからいいけど彼に自我が芽生えたらこれはこれで少々困ったことになるのではないだろうか)受け取る事は出来なかったので、のちに郵送を頼んだ。彼を抱えあげ、僕は車に乗り込む。これだけは受けとったミルクと、砂糖菓子を後部座席に放り、僕は店を後にした。
 しまった、シャンプーとかボディソープとかも必要だったかな、と思ったのは自宅に着いてからだ(軍属ではあるけれども技術部所属なので、スザクの家は研究所程近くのアパートメントだ、このときほど軍の宿舎でなくて良かったと思った時はなかったと思う)。
 ワンフロアの狭い部屋だけれど、新築だったからまだきれいだ。あと、バストイレも完備なのでそれだけを救いと、誰にも会うことなく部屋に入り、彼をとりあえず、とベッドに座らせた。まだぼんやりしている彼を肘掛もない椅子に座らせるのは怖かったし、床に座らせるなんてもってのほかだった。
(あれ、じゃあ僕今夜はどこで寝ればいいの)
 彼を床で眠らせる選択肢はすでになかった。自然に床で眠る自分の姿が想像でき、しかし今はそれよりも、帰りがけに聞いた店主の言葉が最優先だった。
『こいつは目覚めたばかりだ、しかもお前の手からしか食事をしないからな、生まれて初めての食事だ。わかるか?こいつは今飢えている。早く食事を摂らせてやれ』
 僕は餓えの苦しみはよく理解しているので、彼が心配でたまらなかった。ミルクをミルクパンでゆっくりと煮立て、少し冷ましてカップに注ぐ。彼用のカップはのちに洋服と一緒に届くので今は僕が普段使っている大きなマグカップだ。けれど彼の小さな手にはあまりに大きいカップは大変飲み難そうに見え、ストローでもないかと探したがそんな気の利いたものは僕の部屋のどこを探してもなかった。仕方なくスプーンを探し出し、ひと匙ずつ掬っては口に含ませてやる。ミルクの香りに反応したのか、彼は小さく口をあける。僕はまるで親鳥にでもなったように、口をあける彼の口元にせっせとスプーンを運んだ。少しずつ血色を取り戻してきた彼の、赤くなった唇から覗く小さく整った歯は作り物めいていて、でもとてもきれいだ。もし作り物なら、職人が丹精込めて創り上げたに違いない逸品で、芸術のわからない僕でもその精緻な美は理解できた。その歯の間からごくたまに見える舌もやわらかそうで、普通の人間と何ら変わりないように見える。
最後のミルクを含ませ終わって、あとは、とこれまたきれいな、宝石だかビーズだか分らない装飾を施された木の小箱を開ける。ビロードの波の間に鎮座しているのは、…どこからみてもただの砂糖菓子だったが、やはりこれも職人の手を経て作られたものなのだろうなぁ、と乾いた笑いを浮かべながら僕はひとつを手に取った。彼の口元近くに持って行くと、やはりうっすらと唇を開くから、その中に砂糖菓子を含ませた。仄見えた小さな舌がさっきまで僕の手の中にあった砂糖菓子を味わっているのだとおもうととても不思議な気がした。けれど次の瞬間、彼の顔がふんわりとゆるんだ気がして僕は目を疑った。
 けれどもそれは僕の見間違いでもなければ錯覚でもないようだった。さっきまで、世界をただ映しているだけだった瞳に力が宿り、蠱惑的な光をはじいているような。


 はたして彼は、その視線を僕に向けて、こうのたまった。
「まだ足りない。」


 僕はその瞬間、魂まで彼に囚われてしまった事を知った。


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 20080511

 お食事 編。