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―――その人形が目に入ったのは本当に偶然だった。ロイドさんに連れられて仕事先へ行く途中、車の窓からちらりと見えたショーウィンドウの中、彼は静かに鎮座していた。でも、その一瞬が永遠に感じられるくらい、僕は彼に心囚われてた。
仕事の帰り、どうしても気になって、思い切って店を訪れた。遅い時間だったのにもかかわらず、不思議な女性が僕を出迎えてくれた。瀟洒なつくりの内装ははっきり言って20代も半ばの僕には入り辛い雰囲気だったけれど、僕はどうしてもあの子ともう一度会いたかった。もっと近くで見てみたいと、不覚にも思ってしまったのだ。
けれども、外から見た時、彼は昼間の場所にいず、ぼくは焦ってドアを開いた。店主はそんな僕に眉をひそめながらよく来たな、とのたまった。
「は?」
「もう目覚めている。全く、昼間の間接接触で目覚めるなんて、よっぽどのことだぞ」
お前が訪ねてこなかったら郵送してやろうかと思っていたところだ、もちろん返品不可でな。そんな事を言いながら、店主は店の奥に消えた。花の香りが漂って、僕はこの訳のわからない現在が現実かどうか自信がなくなった。僕は昼間、あの人形を目にしたときから、実はずっと魔法にかけられているのではないか。そんな気がした。けれども、そんな夢現の気分も、店主の腕に抱えられた彼を見たとたんにきれいに吹き飛んだ。
そもそも夢なら僕は自分の想像力を過小評価していたことになる。だがこれは夢にするにはあまりにも惜しい。
「彼…彼女?は」
「彼、だ。観用少年。少女の形が多いからな、服はそちらを着せているが中身は男だ、酔狂だな」
放っておいてくれ、と言いたかったが苦心して黙っていた。店主の機嫌を損ねて彼を仕舞われてしまっては元も子もない。
「彼は、生きているんですか?」
昼間は青白いほどに真っ白だった頬が、今はバラ色に染まっている。やわらかそうな唇、小さな鼻、手。そして薄い瞼はしっかりと開き、時々瞬きを繰り返す。そのたびに世界に現れるのは、高貴なアメジストよりも美しく輝く、深い神秘を備えた紫眼だ。
その彼は、今はじっと僕の方を見ている。そのあまりにも美しすぎる紫眼は本当にこの世界を映しているのか、そしてこの世界を映してしまっていいのかどうか、不安にさせる。
僕はこの世の暴力の具現ともいえる軍人だ。血に汚れた僕が彼に触ったら、たちまち彼までもが汚れてしまうのではないかという懸念がなぜか、冗談ごとではなく僕の中に広がった。
「本当に、僕なんかが彼を頂いてしまってもいいんでしょうか」
今更ながらに怖くなり、僕は店主に訊ねた。
店主はそんな僕の不安など知らぬ気にさあな、と気のない返事をするだけだ。だが、
「お前が引き取らないのであれば、こいつはただ枯れていくだけだ。もう一度目覚めてしまった、お前が手ずから与えるものしか、そいつは口にできない。あとは枯れるか、もう一度冬眠させるしかない。」
前者は命を落とすが、後者は質を落とす。
「今はあまり反応しないが、そいつには自我がある。好みも、割とはっきりしているな」
店主はにやにやと性質の良くない笑いを浮かべて言った。僕はちょこんと椅子に座った彼の目前に跪いた。近寄れば、胸が上下しているのが見えるし、呼吸の音も聞こえる。瞬きの際の風まで感じそうな長く濃い扇状に開いたまつ毛に、すでに彼が人形ではないことをやっと実感し、僕は服の裾で汚れてもいない手を拭き、思い切って、それでもそっと、彼の頬に手をあてた。
―――温かかった。
磁力に縛られたように、僕は彼の滑らかで温かい皮膚から手を離す事が出来なかった。
気づけば、口から勝手に言葉は出ていた。
「彼を、戴きます」
そんな僕を、彼は瞬きもせず見つめていた。
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20080511
出会い 編
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