[猟奇的犯行別バージョン]


 しかし、覚悟していたような感触も、衝撃もなかった。

「…?」
 恐る恐る目を開けると、寝ぼけた気配を目元に漂わせたスザクが、至近で呆然とルルーシュを見ていた。否、ルルーシュではなく、その首元を。
スザクの手は、ルルーシュの首元に突き付けられていた。そしてその手の中には、鈍く輝く―――コンバットナイフ。
「…っ」
 ルルーシュは小さく息を飲んだ。その小さな声に我にかえったのか、スザクが目を見開きナイフを引く。

「――ごめん、ルルーシュ!」

「良いからそれを、早くしまってくれ」
 固い声で呟くと、スザクは慌ててホルダーにナイフをしまう。部屋の中の僅かな光量を集めて光る刃は、ルルーシュの目に焼き付いた。

「本当にごめん」
「いや」
 そうだ。人畜無害な顔をしているが、スザクは軍人なのだった。
「俺が不用意に近付いたからだ。悪かったな」
「え…あ、毛布‥ルルーシュが?」
「あぁ」
 視線を巡らせたスザクは、しかしルルーシュを見てハッとなった。
「ルルーシュ!」
「な」
 に、と言い終わる前に、突然近づいて来たスザクに首筋を捕らえられる。体温の高い手の平と、ピリ、と痛む皮膚一枚の痛痒さ。
「あぁ、切れた、か?」
「手当しなきゃ」
「良いよ、こんなの嘗めておけば治る」
「そんな所嘗められるわけないだろ」
「まぁ」
 そうだが、といいながら、此処でスザクが傷を嘗めて消毒、なんて言ったらどこの漫画だ、と思った。(因みにそういう漫画は7年前枢木の土蔵で発掘した時に一通り読んではいる)

 が、しかし。
 ここに少女漫画体質の男が二人。

「‥ひっ」
「じっとして」
 首筋に掛かる息がくすぐったいんだ!と言う叫びを飲み込んでルルーシュは硬直した。部屋に響く、どこか淫靡な水音と、首を這う温かい濡れた感触に、頭の中が真っ白になる。
「ス、ザク‥っ」
「…ん」
 スザクのふわふわの髪が顔に触れてくすぐったい、と意識がそこまで戻って来た時、スザクの舌が離れた。

「制服に付かなくて良かった」
「え」
「結構血が出てたから。…拭くものが咄嗟に見当たらなくて」

 薄暗い中でも、頬に血が上るのが分かった。
「…だからって舐めることないだろ!」
「あはは」
 ごめん、ともう一度謝られた。

「消毒しておこう、ね」

「あぁ」
「脱いで」
「えぇ!」
「…あ、いやジャケットを」
「!あぁ、そうだよな!」
「?変なルルーシュ」

 スザクはクローゼットの中から救急箱を取り出す。ルルーシュはベッドに座って、ジャケットを脱いだ。変に皺になるのも嫌なので、脱いだものをきちんと畳んで脇に置く。ワイシャツ一枚になると、ジャケットを着ていれば調度良い筈の室温は僅かに寒く感じられ、一度身震いする。
 自分を抱くように腕を組むと、造られた胸が存在を主張するようで途端にいたたまれなくなった。

 スザクはルルーシュの正面に膝をつくと、脱脂綿に消毒液を含ませて傷口にあてた。
「ちょっと滲みるかも」
「―――っー」
 ルルーシュは傷口を見ていないが、結構な痛みだ。
 けれど、軍人であるスザクにナイフで切り付けられて、よく無事だったな、と我ながら思う。
 反射神経の賜物か、というよりはむしろ
(スザクだからか)
「終わったよ」
「あぁ」
 声を掛けられて我に返った。けれど、スザクはじっとルルーシュの首を見ている。
「なんだ?」
「ごめん」
 手を延ばし、ガーゼの貼られた回りを探るように触れられる。先程からスザクは謝ってばかりだな、と思ったが口には出さない。
 一歩間違えれば自分は事切れていた。軍人の背後に回るなんて、考え無しに行動を起こした自分も悪い。しかも、悪戯までしようとした。いや、本当にちょっとした悪戯心だったのだ。でも、それは根底にスザクが好きだと言う気持ちがあるからこそ起こった行動なのであって、なんて
(言えるか馬鹿!)

 ルルーシュの顔色の変化を読み違えたのか、スザクの眉が更に情けなく下がる。

「本当にごめん。痕になっちゃうかも。」

「そこか!」

 そこなのか謝るべき点は!?
 ルルーシュは激しくツッコミを入れたかったが、次のスザクの言葉にあまりにもびっくりして言葉を失った。
「痕になっちゃったら、僕が責任をとるから」
「…責任って」
「傷物にしちゃった責任」
「馬鹿が!俺は男だ!」
「でも!」
「そんな事考えなくて良いから!」

 力一杯否定した後、ルルーシュは少しだけ後悔した。スザクはスザクで少し傷付いたような顔をしている。
 けれど、
「所でさ、ルルーシュ」
「何だ」
 何だか自分の心臓はさっきから全力疾走し続けているような気がする。疲れた声音で返事をした。

 そして落とされる爆弾。

「ルルーシュ、その胸って」
「偽物に決まってるだろう馬鹿が!!」

「本当に?」
「本当だ。以前男女逆転祭があったって話したろう?その時に会長が大量発注したんだ」
「ふーん…見てみたいな」
 どんな作りになってるのかな?と真剣な顔でいうものだから、ルルーシュは瞬間言葉につまった。
 どういう意図の元の発言だろうか。
 まずはスザクの言葉が本気か否かであるがそれは本人にしかわからないことだ。
 もし本気だと仮定すれば先程は力いっぱい否定したが、この胸が偽物だと言う事を疑っているのか?しかしもし万が一本当であったとしたらスザクは女性に下着姿を見せろと言っているつもりであるということで、それはなんというか、スザクは慣れている?このような事態に。いや有り得ない。あの邪気のない真剣な顔を見たろうスザクは誠実な人間であるからしてそんなまさか女性と火遊びなんて。と違う今はこんな事を考えるべき時ではなく、そうだもしスザクが俺を男だと思っているならどうだ、スザクの狙いはなんだ、ここで俺が頷いたら笑い話に出来るとでも思っているのかそれとも
(まさか本気か!?)

 それこそまさかだ、もし本気なら、スザクがルルーシュのそんな姿を見て何の得があるというんだまさかスザクが俺に欲情、しているわけでもあるまいし!


 だが冗談であれば今この思考している間にもスザクなら笑いながら「ごめんごめん、冗談だよ」
と言うだろうそれがないということは、


(勝機…!)
 と書いてチャンスと読め!





 だがその時、スザクがごめん、と呟いた。想像した通りの言葉がスザクの口から飛び出して、ルルーシュは瞬間大袈裟に肩を震わせたが、スザクは構わず続ける。
「ほら、また男女逆転祭があったら、僕もそれをつけなきゃならないだろ?でも僕、女の人の下着って見た事ないからどうやって付けるのかなって。」
「そんなの誰か経験者に付けてもらえば…」
 言いかけてはっとした。スザクの腹部には、ルルーシュを庇った痛々しい傷痕が残されたままなのだ。スザクはそれを、余り人目に曝したくないのかもしれない…

「…わかった」
「いいの?」
「男に二言はない、と日本語にはそういう諺があったな」
「…うん」
 くすくすと笑いながら、スザクが頷いた。

 ここで変に恥ずかしがると、余計に気まずい思いをしそうだと、ルルーシュは迅速にワイシャツのボタンを外そうとする。だが、いつの間にかベッドの隣に座っていたスザクが手元を見つめてくるのでやりにくいことこの上ない。
(どんな羞恥プレイだ!)
「ルルーシュ、手が震えてるよ?僕が外すよ」
「いや良い!」
「そう?」
 一時間もかかったような疲労を感じながらやっとの事ですべてのボタンを外して腕を引き抜いた。すると不意に隣に座っていたスザクが立ち上がり、部屋の入口側の壁に向かう。
 煩いほどに鳴り響く鼓動に体内の熱は上がったが、隣の体温が無くなると、体表に感じる外気の冷たさを感じて身震いする。腕を組むと、女性物のシンプルな下着特有の、シルクのような手触りを腕に覚えた。

 その時、突然部屋の照明が点く。驚いて体を掻き抱き、スザクを見たルルーシュは、スザクがにこにこと笑っているのを見て頬に血が集まるのを感じた。
 照明の元あらわになった、ルルーシュの細身の白い腹。割れているわけではないが、肉が着きすぎているわけでもない、肋骨の浮き出る滑らかな皮膚。
 今は前で手を組んでいるせいで、隠れない鎖骨は窪みを深くし、日に焼けたことがないようなブリタニア人特有の象牙の肌に影を落としている。
「ごめん、暗くて良く見えなくて」
 スザクが微笑みながらルルーシュに近付く。
 動転しすぎて頭の中が真っ白になってしまったルルーシュは叫んだ。
「バカ、見るな!」
「どうして?僕に見せてくれるために脱いでくれたんでしょう?」
 綺麗、とスザクは跪づいて、組まれていたルルーシュの手首にそっと触れる。
 見上げる翠緑は優しい光を宿しているように見え、ルルーシュは魔法をかけられてしまったように、ゆっくりと体から力を抜いた。
「綺麗な肌。ね、ルルーシュ、これどうやって外すの?」
 スザクの手が、フロントホックを指差す。ルルーシュが動かし辛い腕を上げてホックを外すと、白い肌があらわれた。
「ね、ルルーシュ。」
「…」
「僕はね、ずっとルルーシュが好きだった」
「…」
「…抱いてもいい?」

 ルルーシュは甘い声に酩酊したような気分で、小さく頷く。
 ありがとう、とスザクは綺麗に笑った。









 この魔性の少女漫画体質男共め!






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20070529

ちょっとサディスティックなスザクさんバージョン



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