「元気出せよ」
「うるさい、お前の顔なんか見たくない、今すぐ僕の視界から出ていけ」
「そんな…」
 ショックを受ける事かな?と、平然と呟くスザクに日本人は奥ゆかしくつつしまやかな人種だって聞いたのに、とルルーシュは日本人不信になりそ
うだった。いや、こいつが企画外なんだ。そうに違いない。だって他の人はこんな事しなかったし!ルルーシュはそうして自分の昂ぶった気持ちを落ち着けようとした。
「じゃあ俺が嫁に貰ってやるから」



「……――っ、最悪だ!」










 腕を引かれて連れていかれたのは、多分、恐らくスザクの自室だ。
 多分というのは、およそ生活感のない15u程の部屋の中にある机と椅子、クローゼットとベッドと言う学校の寮設備の他に、学校のテキスト類が机の上に散らばっていたからだ。
 スザクの私物は、それだけだった。特派は大学棟を一棟丸まる徴収しているらしく、途中何度かスザクに似た軍服を着用している人間を見かけた。

「意外と綺麗…というか、」
「びっくりした?何にもなくて」
「あぁ…」
「軍人になってから、あっちこっち移動するから、私物はあんまり持たないようにしてるんだ」
 なんでもないことの様に微笑む。簡易キッチンに向かい、ルルーシュは紅茶だよね、と確認をするポーズをとると返事も待たずに湯を沸かし始める。
「座ってよ」
 湯を沸かす間に課題の量を確認してしまおうと手に取るスザクを見遣った。
(しらない)
 私物が持てない事を、微笑みながら話すスザクなんか。
 出会った頃、スザクのお気に入りの蔵を取ったと、暴行された、真っすぐさがスザクだ。
 独占欲の強い、正義感に溢れる綺麗な心がスザクだ。
――己にないものだった。
 だから羨ましかった。なのに!

 発つ鳥跡を濁さずとは、昔の日本人はよく言ったものだ。スザクは、自分がいつ消えても良いと思っている。それはつまり、スザクにとっては自分達兄妹でさえ、後に遺して何ら構わない存在だと言うことだ。

「ルルーシュ?」
 座らないの?とスザクがルルーシュを見て首を傾げた。
「そろそろ湯が沸騰するんじゃないか?」
 正面からスザクの顔をなぜか見たくなくて、あ、ほんとうだ、と席を立ったスザクと入れ違いにするりと一方の椅子に座る。
 椅子を右に90度ずらして、窓の方を向くようにした。今のスザクの、しらないような微笑など見たくなかった。
 窓の外は曇り空だ。あと一月もすれば雪のちらつく季節になる。
「はい、ルルーシュ」
「あぁ、悪いな」
「ルルーシュの淹れてくれるのみたいに美味しくはないだろうけど、」
 ごめんね、とソーサーとカップをテーブルに置く。一口飲むと、確かにあまり、美味しくはない。それでも温かさは臓腑に染み渡るようで、漸くスイッチを入れた暖房も熱気を吐き出し始めたようだ。一息つくのを見て、スザクがむかいの椅子に腰を下ろした。
「…課題、やれよ。夜までならみてやるから」
「え、でも…」
「良いからやれ。どうせ後で縋られるなら、今からやった方が気が楽だ」
「うん、ごめん、ありがとうルルーシュ。日が落ちる前には、ちゃんと送るから」
「良いよ、一人で帰れ」
「ダメ。」
 強い調子でスザクが遮った。今までにこにこ笑っていたスザクからギャップのある強気の禁止に、ルルーシュは瞬間戸惑った。
「…なんで」
「なんでも、だよ」
「…まぁ、お前が面倒でないなら良いけどな。」
「うん」
  頷いて、先ほどテーブルの隅に積んだテキストの山を崩しにかかった。


 パラパラと、参考書のめくれる音が狭い部屋に響く。それと同時に、眠そうな欠伸の声が混じる。
「スザク、お前寝てないのか」
「あーうん、ちょっと今機体の微調整とかに借り出されててさ」
「……そうか、でも夜はちゃんと寝ろよ」
「ルルーシュに言われたくないよ」
「俺は良いんだよ。危ないことしてるわけじゃないし。だけど、お前は軍人だろ?規則正しい生活をする義務があるんじゃないのか」
「うーん、そうなんだけどね…」
 言葉を濁すスザクに、軍事機密かと思い当たる。それきり口を閉ざしたが、心に重い石を付けられたように感じた。スザクには、ルルーシュに言えないことが沢山あるのだろう。それは、機密保持が絶対の軍務の事は勿論、名誉ブリタニア人になった理由だって未だ聞けないままだ。
 ルルーシュ自身、突っ込んで聞かれたら困る事が今はあるせいで、どうしても踏み込めずにいる。だが、今回の様に、何も知らされないまま長時間の別離はなぜか許せないのだ。
 間に七年の、しかも生死不明の別離期間も堪えられた。けれど、一度スザクとの、かつてのような…心安らぐ日の心地良さを味わってしまっては、もう一度の別離など堪えられるものではなかったのだ。

 スザクを自分に繋ぎとめておきたい、自分が彼について知らないことがあるのは許せない…

 ルルーシュは身勝手な願いを自分に認めた日、この独占欲に名前を付けた。



 すうすうと、いつの間にか寝息が聞こえるようになっていた。
「スザク?…寝たのか」
 寝不足なら寝かせておいた方がいいだろう。少し寝れば多少はすっきりするだろうし。
 ルルーシュは、ベッドから毛布を引きはがして、スザクの後ろに回り、そっと肩にかけた。その拍子に、ふと近づいたスザクの顔に見入ってしまう。
安らかな顔をしている。左手で頬杖をつき、目を閉じた無防備な姿勢に、心のどこかが刺激された。
 そっと、息を止めてまだ僅かに柔らかい頬に唇を寄せた。
 意識のない相手に、少しの罪悪感を覚えつつ。
 そして、唇が触れそうになった瞬間、だった。

 閃いた湖面の翆緑に、目を奪われる。





 






 名付けた名前は、

























―――恋。







其れ、したごころアリ!



――――――――――――――――――――――――――――――――――
ルルーシュ君のフィルター発動。

20070426



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