(大丈夫だ)
 少なくとも、嫌われてはいないはずだ。


――七年前、一時期を共に過ごした幼なじみでありつい先日再会を果たした最愛の友、スザクはここ数日学校に来ていない。担任教師には暫くの間軍務のせいで欠席する、という連絡があったらしい。だが、自分に連絡がないとはどういう事だ。しかも各教科担当は、スザクとの連絡口をルルーシュに定めたらしい。全く、こちらの事情も知らずに…むかむかした心のまま、ルルーシュは知らず大股になっていた歩幅を直した。
 危ない、危うく下着が見えてしまうところだった。
 と言うのは現在、ルルーシュは変装の為、男女逆転祭の際にミレイ・アッシュフォードから下賜されたアッシュフォード学園高等部の女子制服を着用しているからだ。

 何に対して憤っているのかわからない、まるで女性のヒステリーのような症状を自覚し、更に不機嫌に拍車が掛かる。ルルーシュはずんずんと歩きながら唇を噛んだ。力を込めすぎたせいかブツリと音がして皮膚が裂けた。舌で舐めとると血の鉄臭く甘い味が広がる。その甘さも不快な痛みも気に入らなくて、大きく舌打つ。


 今歩いているのはアッシュフォード学園の外周の道だ。スザクの所属している、ブリタニア軍部内では第二皇子シュナイゼル肝煎りの部署と言われる特別派遣嚮導技術部、略して特派は、アッシュフォード学園の大学部に現在は間借りをしているらしい。本来ならば守秘義務があるだろう機密事項をするりと口にしたスザクに多少心配になったが(スザクは昔から、腕っ節は強かったが頭は良くなかった)今はその情報に感謝したい気分だった。でなければ、この忌ま忌ましい恰好で、ブリタニア中央政庁、或は軍本部まで出向かねばならなかっただろうからだ。
 軍本部に行ったとしても、ギアスを使えば容易にスザクの居場所はわかるだろう。それ以外にも、少々の危険を承知でハッキングと言う手段を用いればわざわざ出歩く必要もない。
 だが、今のルルーシュはゼロではない。ルルーシュ・ウ゛ィ・ブリタニアでもなく、只の枢木スザクの一クラスメイト、ルルーシュ・ランペルージとして行動しているのだ。万が一の危険も犯すわけにはいかなかった。


 ルルーシュの持つ鞄の中には、スザクへの各教科課題が納められている。 しかも複数教科。
 元日本人現名誉ブリタニア人を差別しない教師陣の姿勢は素晴らしいが、彼らは軍務で忙しい兼業学生も区別はしない姿勢らしい。普段は健気に課題に取り組むスザクを見て教師への怒りを感じるのだが、現在スザクに放っておかれた立場であるルルーシュにはざまぁみろ、という快哉が相応しい。
 しかし、それでスザクへの課題の伝言役に自分を指名する教師陣にはこちらの事情も知らないで、と言う怒りが湧いたし、特派に婚約者がいるらしいミレイに代わってもらおうと思えば彼女は喜々としてルルーシュを剥き、服を着せうっすらとメイクを施し。
 抵抗に抵抗を重ねたが、所詮フェミニストの自覚があるルルーシュは本気で拒絶する事など出来る訳もなかった。
 彼女が全てを終える頃にはルルーシュは心中の抵抗を我慢していた気疲れで既に疲労困狽していた。
 ダイジョーブよルルちゃん!と太鼓判を押され、笑顔で生徒会室を追い出された時には、疲労と、大いなる居直り(要するに自棄っぱち心理)を引き連れての出立となった。



(くそ、あいつはどこにいるんだ?!)
 高等部でさえ広大な土地を有しているアッシュフォードだ、大学部は輪をかけて広い。もうかなりの距離を歩いたが(同時にかなりの人間と擦れ違ったが流石に人に尋ねる訳にもいかない、声で性別がばれてしまう虞れがある)軍人らしき人影は見当たらない。いっそギアスで、とも考え始めた頃。
「ルル…?!」
「おーやぁ?」
 後ろから聞き慣れた声と見知らぬ声が上がったのに気付いた。振り返ればそこには、山吹の軍服に身を包んだ見慣れない探し人と、やけに色素の薄い男が並んで立っていた。
「スザク」
「ル…ル?」
 名前を呼ばないのはスザクなりの配慮だろうか。明らかにブリタニア人の特徴を持つスザクと同年代の人間に、ルルーシュという名を持つ者はルルーシュ・ウ゛ィ・ブリタニアしか有り得ない。生存している皇族の名を市井が使用することは許されないと言う馬鹿げた決まり事があるからだ。
 同席するもやし男への、スザクなりの配慮なのだろう。まぁ、「ルル」なら女の名前に聞こえないこともない。その配慮には感謝する、が。
(犬みたいだな)
 駆けてくるスザクを見て少々なごんでしまった。
 いや、違う!今日俺はスザクに文句を付けにきたんだ!断じて「淋しくて会いに来ちゃった☆」などという浮ついた気持ちを持って訪れたわけでは…
「凄い、ルル-…、似合ってる!」
 では、ないのだ。
 だが。
 邪気のない、満面の笑顔で褒められれば悪い気はしないものだ。それが七年間片思いしていた相手とくれば!
「あ、ありがとう、スザク、君」
 自分は一クラスメイトなのだ、という立場をさりげなく明示する為に言葉遣いと声音を上げる。スザクは、あぁそうか、と言う顔をしてやはり笑った。
「今日はどうしたの?」
「先生に、スザク君への課題を渡すように言われて…」
「こぉんにちは!」
 その時、横合いから素っ頓狂な、と言う形容がぴったりな声をかけられた。
 先ほども思ったが、何だこのもやし男は。俺のスザクに近づくな、と内心思いながら、幼少時身に叩き込んだブリタニア式ロイヤルスマイルを浮かべる。
 課題?と愕然とするスザクを一時意識から除外し、目の前の人物に集中した。スザクと連れ合っていた事実、共通する腕章、軍人には見えないが研究者には見える白衣。間違いなくこのもやしは

(シュナイゼルに通じている…!)

「こんにちは。スザク君のクラスメイトの、ルル・ランペルージと言います、はじめまして」
 言葉と共に差し出した手を白い両手で取られる。そのまま手前に引かれ、まじまじと顔を見つめられる。
「んんんー?」
「な、何ですか?」
「ちょっとロイドさん!」
 焦ったようにスザクが二人の間に割って入った。ルルーシュは反射的に、目の前の背中に縋ってしまう。…って何してるんだ、俺!これじゃ本当に女の子のようだ!心なしか内股気味だし!
 ルルーシュが内心でそんな葛藤を繰り広げている中、ロイドと呼ばれたもやし男はスザクの肩をがしりと掴み(ロイドの方が僅かに背が高い)「おーめでとぉ!」と叫んだ。
「は?」
「よかったねぇスザク君!いいねぇ!青春謳歌してる?」
「は、え?」
「だぁって、君ったらいっつも話すのはお友達の事ばっかりだからぁ、僕ら心配してたんだよぉ?」
「えっと、心配って…」
「スザク君は女の子より男の子の方が好きなのかなぁってセシル君と!でもこんなかわいい「オトモダチ」がいるなら大丈夫そうだよねぇ?あ、君?枢木准慰に課題持ってきてくれたんでしょお?」
「は、はい」
「じゃあ枢木准慰、今日のお仕事はもう良いから!ちゃあんと彼女を送ってあげなさいねぇ」
 じゃまた、セシルくーん!と嵐の様にまくし立て、去って行った。
「あぁぁああの、ロイドさーん?!」
「セシル君には僕から言っといて上げるからねぇ」
 楽しみだなぁ、と去って行く白衣の背にスザクが縋るように手を伸ばすが、長いコンパスであっという間に遠ざかっていく。スザクはしばらく呆然とその後ろ姿を見送っていたが、やがて我にかえるとおそるおそる振り返った。





後は二人のオキニメスママ!!


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20070426

きっと前日に散々、セシルさんに「スザクくんの交友関係について心配じゃないんですか!」とか責められたんだよ。




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