09. 白い騎と黒の子の物語



 それは、まるで一幅の絵画を見ているようだった。

 黒の王と、白い騎士の誓いの場。


 白い騎士の方、枢木スザクは、つい昨日の作戦にも参戦して来て、騎士団のKMFを破壊したばかりだ。
 枢木は死人を出さない代わりに、KMFには容赦がない。
 そんな奴が、作戦会議中に突然、ランスロット単機で切り込んで来たんだ、回りは呆然とした。敵襲、と伝令が来る間もなかったよ。
 ゼロは、仮面ごしでよくわからなかったが、特に焦りもなかったみたいだった。
 いや、わからないな。そう見せ掛けていただけかもしれない。彼の事は未だによくわからないよ。それでも、もう俺達には彼以外考えられないんだ、仕方ないさ。
 それでそう、枢木だ。彼は単身アジトへやってきて、危害を加えるつもりはない、ゼロに会いにきただけだ、と言い張ったらしい。まぁ、それを伝令が聞いて戻ってくる前に、ゼロは奴の前に出ていってしまったんだが。

 それで……



「よくここがわかったな、枢木」
 投光器に照らされて、ゼロの仮面が鈍く光っていた。枢木と10メートルほど離れたところで立ち止まる。
 周囲を思い思いの武器を手に、騎士団員が囲んだ。
「それで、一体何の用だ?単機で敵陣の中に生身で立つなど、正気の沙汰ではないぞ」
「そういう君も、よく敵の前に姿を表せたね。僕が武器を持っていないとは限らないのに。あぁ、僕が武器を取り出す前に、回りの彼等に射殺させるのかな。でも残念だね」
 喋りながら、騎士服の懐から小さな銃を取り出し構える。
「僕ならその前に君を殺せる」
 即座に周囲の団員が武器を構え直すが、ゼロの指示のないまま動くわけにもいかなかった。数秒、緊迫した空気が流れる。そして更に数秒の後、枢木はうっそりと笑った。
「でも安心して。」
 右手から銃を投げ出す。小さなそれはからからと転がり、団員の足元に落ちた。
「何の用だ、枢木」
 もう一度、ゼロが問い掛ける。
「初めて会った時の約束は、まだ有効かな?」
「なに」
「黒の騎士団に入りたい」
「…自分が何を言っているのかわかっているのか!」
「わかっているよ。だからこうしてランスロットから降りたし、殺そうと思えば出来たけど君を殺さなかった。団員もね」
 にっこりと、邪気無い笑みを浮かべる。
「ランスロットごと、僕を君の騎士にしてくれないかな、」
「…良いだろう。ならば、その白兜の起動キーを預からせてもらう。お前がこちらに着くならば、調べても構わないな?」
「うん、良いよ。でもその前に」

 君はその仮面を取るんだ

 一言に、周囲の団員がざわめいた。ここにいるのは古参のメンバー、つまり幹部ばかりだ。ずっとゼロの正体を知りたかった、けれども暴く事を禁忌と、暗黙の了解に縛られていた人間達である。
仮面をとるのか、とらないのか。
 自分達にさえ頑なに隠してきた秘密を、枢木と白兜のために公開するのか。
団員にとっては、そんな多少の嫉妬と動揺の含まれたざわめきだった。だが、その一瞬でゼロは決断を下した。
「良いだろう。ここにいる人間は、私が日本人ではないと、知っているものばかりだからな。他言は無用だ、扇」
「は、はい」

 扇への命令は、それ則ち騎士団員への命令と同義である。皆もそれで納得しろと、強要されている。
 だが。

「待ってください!」

 横に立っていたカレンが異義を申し立てた。
「貴方は今まで、味方の私たちにすら正体を隠して来た。それは、しられてはならない事情があるからだと、私たちは思ってきました。それを、まだ信用できない、ブリタニアの軍人に知られるのは危険ではないのですか?!」
 カレンは必死だった。
 当然だ、枢木スザクは、昨日本気で戦った敵なのだから。
 ゼロの親衛隊として、ゼロの不利になる事は見過ごすわけにはいかないのだ。ゼロはそんなカレンの必死さを汲み取り、けれども戦術的観点からしても、と続けた。
「戦術的に、枢木が仲間になればカレン、お前の紅蓮弍式が白兜の相手をすることがなくなり、作戦は一層スムーズに進むようになるだろう。万が一枢木が裏切るとしても、それは今までと何ら変わらないと言うだけのことだ」
 ひどいな、裏切りなんてしないよ、と枢木は笑って呟いた。君が誠意を見せてくれたらね、と。
「一つ聞いておきたい。あの時は断り、今になって私に付こうとする、その真意はなんだ」
「ただ、守りたいと思っただけだ、真実の、仮面の下の君を」
「…私の正体を」
「勿論知ってるよ。僕が気付かないと思っていた?」
「ならば今更素顔を晒せというのは、踏み絵か、私に対する」
「違うよ。君からの誠意を求めてる訳じゃ無い。只僕は、ゼロじゃない、仮面の下の君を守りたくてここへ来た。忠誠を誓うなら、君が良い。小さな頃に、約束したよね」

「………ふ、馬鹿だな、お前は」
「馬鹿でもなんでも。」
「…良いだろう」
 ゼロが仮面に手をかけた。
 露になる黒髪、日本人では有り得ない、掘りの深い白皙。
 照明に照らし出されて、その瞳が輝きを増す。
 皇帝の紫、インペリアル・バイオレット。

「ルルーシュ?」
 小さな声でカレンが呟いた声は、周囲のどよめきに隠れた。
 しかし、次の枢木スザクの一挙動で水を打ったように鎮まった。
跪き、頭を垂れる。

「私、枢木スザクは幼い頃よりの盟約に従い、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに忠誠を誓うと共に、この身を御身の剣とし、また盾となる事を誓います」

「許そう」

 ゼロは、ルルーシュは、手袋を外し、その白い左手を差し出した。
 枢木は恭しく手を取り、甲に口付けを落とした。








 ゼロの名前、ルルーシュ・ウ゛ィ・ブリタニアというのが、七年前日本に来て、死んだことにされていたと言うのは、この時にゼロの口から聞いた。誰もその存在を知らなかった。けど、後になってネットで調べたら、ブリタニアではそれなりに有名な皇子様だったらしい。
 悲劇の皇子、見捨てられた皇子、黒の皇子。
 でも、今の彼に見捨てられた、なんて表現は使えないと思うよ。
 彼は、ゼロだ。
 ディートハルトの言葉は一々臭くて嫌いなんだが、これだけは覚えてしまった。
 総てを無にし、構築する礎になるべき男。
 彼は、俺達のリーダーだ。
 枢木はゼロに張り付いている。カレンが嫉妬か、険しい目で枢木を睨んでいた。
 枢木とゼロの過去も一緒に聞いたが、まだ信用は出来ないんだろう。団員も枢木の人当たりの良さに多少慣れて来たとは言え、完全に警戒を解いたわけではない、と思いたい。だが、藤堂さんが枢木と二人で話している所を見た。藤堂さんが何も言わないのであれば、信用しても良いのでは、と俺は思う。…四聖剣は不満そうな顔をしていたが。
 不満そうと言えば、皇の神楽耶様が、この正月に此処を訪問されたけれど、やはりゼロに執心されていた。枢木も険しい目で彼女を睨んでいたな。昔からの知り合いだろうか。枢木はあの「枢木」だ、繋がりがあってもおかしくはない。
 もう一つ特筆しなければならないのは、枢木の後から彼の所属するブリタニア軍特別派遣嚮導技術部が来た事だ。全く、部下が部下なら上司も型破りな、面白い人達だ。
 そういえば、彼が来た日、何故その日を選んでここに来たか、理由をさりげなく聞いてみた。…ゼロの誕生日だったそうだ。
 それは何か、プレゼントは白兜だよ、な?敢えて尋ねなかったが、失敗だっただろうか。確かにゼロの素顔は…いや、下劣な詮索は止そう。



 久しぶりに書くと、書くことが一杯で大変だ。
 ともあれ、正月も終わった、宴会気分も今日で終わり、明日から仕事だ。玉城は二日酔いかな、俺が居ない間は杉山辺りが介抱してくれるだろうか。
 明日は新たに傘下に入る、サイタマの旭日とのミーティングだ。彼等はゼロと以前一悶着あったらしいし、荒れそうだ、…

(K.O.
a.t.b.2018.01.02.の手記より抜粋)



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20070513



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