08. いかけっこ 



 息が切れる。かれこれ10分は走り通しだ。後ろからは怒号のような懇願のような声が届く。しかも、全て男だ。恐怖と疲労で振り返る暇もないが、彼等の纏う衣装の色合いは大変目に優しくない。
(冗談じゃない!)


「元はといえば、こんなにすぐに見つかったのはお前が目立ってるからだ、絶対にそうだ!」
「違うでしょ、ルルーシュが皆に愛されてるからだよ」
「違う!お前のその白い衣装が!目立つんだよ!早く脱げ!」
「無理だよ。脱ぎ方わからないもの、僕。」
 着たときもひとにやってもらったし。
 にこにこと笑う奴の衣類を引っぺがしたい、と思ったのが視線でわかったのか、「ルルーシュ、セクハラだよ」と何とも見当違いの台詞を吐く口を塞いでやりたくなった。だがそんな事をしていれば確実に捕まってしまう。
 後で覚えてろ、と心中で誓った。

「だいたい、なんでお前まで追う側に回ってるんだ、スザク!」

 すぐ後ろで、息も切らせず飄々と走り続けるスザクに怒鳴り付ける。なんでこんなに疲れている俺が、元気な人間に怒鳴り付けなければならないのか。理不尽だ。
 走りながらの会話は普段以上に疲れるのだが、この時ばかりは、こいつと喋る時は普段の時であっても疲労は倍増するのだと言う事を忘れていた。
「え…っと……本能?」
「馬鹿か!!!そんなんだからアーサーに嫌われるんだこのばか!」
「ひどいやルルーシュ…」
 二回も、と走りながら両手で目を覆い、泣きまねをする。気持ち悪い泣き真似はやめろ、と怒鳴りたかったがそれだけの余力が既になかった。
 故に、小さな声で、追っ手を振り切るための「奥の手」を発動する。
―――今日だけ有効な、最後の策だ。

「ルルーシュ・ランペルージが命じる、俺を全力でこの場所から逃がせ!」

「Yes,my load.」


 力みすぎて言葉がおかしい、とふと我に反った時には、既に膝の裏と肩をスザクの両手に掬われた後だった。
「ルルーシュ、しっかりつかまって、口閉じててね!」

「っやめろーーー!」


 ひらり、スザクが手を掛けた窓は二階にありました。

「――――――――!」


 枢木とランペルージが飛び降りたぞー!と言う叫びが耳に入ると前後して、酷いショックが全身を伝った。
























 やっとの事で裏庭にでると、先に待機していたカレンがこっちよ、と誘導する。
「だ、大丈夫、ルルーシュ」
「大、丈夫…」
「ルルーシュ殿下はもう少し好き嫌い直した方がいいよ、ちょっと軽すぎ、それに細すぎだよ。」
「煩いぞスザク」
 はいはい、と苦笑しつつ、三人で草むらにしゃがみ込む。
「今、シャーリーが偵察に行っているから、戻って来てからクラブハウスに行きましょう。このまま逃げ回るにも限度があるし」
「あぁ。全く会長も、二段構えとは」
「予想外だったよね」
 はは、とスザク一人が笑い、ルルーシュとカレンは小さくため息をつく。視線を落とすと、当然だがスザクの足元が目に入った。
「あ、」
「どうしたのルルーシュ」
「泥じみが」
「え?あ、ほんとだ。でもしょうがないし。クリーニングで勘弁してもらおう。
ルルーシュは裾大丈夫なの?」
「…俺のは黒いから、多分平気だろ?」
「そう?なら良いけど。」
 ルルーシュはもう一度もさもさした裾を引き上げた。瞬間のぞく白く細い足首にスザクがヒクリとしたがルルーシュは気付かず、カレンは呆れを含んだ痛ましげな目をスザクに向けた。スザクはそんなカレンに苦笑いを返したがそれを見たルルーシュが今度は面白くない顔をしたのでスザクは困ってしまった。

 三人で場が膠着してしまった、その時。

 がさがさ、と下生えが音を立てて揺れ、思わず反応したカレンとスザクはルルーシュを庇うように位置取り身構える。
 けれど、出て来たのは黒いスーツの上下に身を包んだシャーリーだった。

「おまたせーって、どうしたの二人とも?」
「あ、あぁ、いえ、つい…」
 スザクはルルーシュを守ることが、カレンはゼロを守ることが半ば習慣化しており、ルルーシュは庇われることに慣れていたからこその現状は、一般人のシャーリーからすればかなり不審なものだったようだが、今はそれを気にしている場合ではない。

「今見てきたけど、生徒会室までは裏庭を抜ければ大丈夫そうだよ」
「見張りは?」
「なし。でも鍵が開いてるかどうかはわからなくて。もし開いてなかったら」
「走るのか」
 表玄関まで。クラブハウス半周分。


「…………………」



「いざとなったら僕が抱えて走るから」
「余計なお世話だ」
 即座の却下に、えぇ、と不満気な声を上げるスザクを無視して、ルルーシュは長い黒髪を翻して立ち上がる。
「折角お姫様なんだから、今くらい守らせてよ」
「馬鹿言え、俺は男だ」
「男だって良いじゃないか。ドレス、走り辛いでしょ」
「…………仕方ないな。心して守れよ」
「わかってる、任せてよ」
 ルルーシュの光沢のある黒い生地を二枚重ねたドレスのローブ裾を僅か持ち上げて、スザクは小さく口付けた。



「普通に、姫と騎士に見えるわよね」
「あんまり気にしちゃ駄目よ、シャーリー。ルルーシュが規格外なんだから」
「…ありがと、カレン」


 フォローになっているのかいないのか、微妙な慰めに妙に納得してしまったシャーリーは、立ち上がってカレンに手をのばした。カレンも自然に手をとり立ち上がる。
 メイド服。しかも本格ブリティッシュスタイルのロングである。
 逃亡にはこちらも不利な恰好ではあるものの、沢山の布の間にさりげなくスリットが入り、靴は低いヒールのブーツと、カレン仕様に、それなりに動きやすい改造が本人によって為されているので問題ない。(因みにルルーシュのドレスにはそれが一切ない。リンネルの白いペチコートに天鵞絨の黒い生地のドレスを重ね、共布のローブを羽織り、それを中国風に裾数センチを紐でたくし上げてドレス裾とペチコートを覗かせる豪奢な作り。喉元はローブの襟で隠れ、僅かに出た白い鎖骨が目に眩しいコントラストを生んでいる。因みに詰め物は60.85のCで、ドレス共々ミレイの私物である。)


 ミレイが言うことには、スザクの騎士叙任祝いと、流れたままになっていた枢木スザク歓迎会、そして同時に発覚した昔馴染みの再会祝いを兼ねたパーティーは、コスプレ参加が義務付けられていた。
 話の流れ的に生徒会メンバーはともかくとして、一応準主役となるルルーシュばかりは逃げることは出来ず、高度な演算処理に因って成されるコンピューター阿弥陀に学生証を通したのが事の始まりであった。

 そして宴もたけなわなパーティー、ラスト30分。ミレイの校内放送によりミレイとニーナ以外の生徒会メンバーは地獄を見る事となった。
 生徒たちのゴールは生徒会メンバー奪取にあり、誰にも捕まらずに逃げ切り生徒会室に入り込めたなら生徒会メンバーの勝ち。
そして勝利者への景品とは。
―――推して知るべし。


 ルールは校内放送によって全員の知る所だ。すんなりとクラブハウスに入ることは出来ないだろう。
 多少手荒な事になってしまうかもしれないが、こちらも賭けるものがものなので、負けるわけにはいかない、と奮闘する女性陣二名とさりげなく独占欲を発揮する腹黒が、一人。

 流れるかもしれない血に心中でそれぞれ四人は合掌する。
 そして。

―――伝説が始まった。






































 生徒会室の中では、ミレイが鞭を手に、暗緑色の軍服のコスチュームを纏って(気分はアドルフ・○トラー、異世界で20世紀に生きた独裁者である)ブーツに包まれた長い足を高々と組んで椅子に座り、鼻歌を歌っていた。
「ミレイちゃん楽しそうだね」
「あったり前じゃなーい!流石のルルーシュも油断したのか、二段構えのイベントとは気付かなかったみたいだしね―」
 まだまだ甘いわ!と楽しそうに笑うミレイにつられてこちらは魔法少女のコスチュームを纏ったニーナも微笑んだ。

「でも、ルルーシュ君にドレスの指定をしたのって」
「ちょっとした仕掛けをねー。」
 ふふ、と笑う。
 スザクが騎士なのは、このイベントが、スザクの騎士叙勲を祝うものなのだから当然なのだ。
 それなら。
「ルルちゃんを美しく仕立てるのは私の仕事よね。次のイベントの資金も稼げるし、皆の希望も叶えられるし、我ながら良い考えだったわ」
 加えて、鬼ごっこ。どう考えても、鬼の方が多い鬼ごっこは異色だ。だが、きちんとハンデは与えてある。移動距離はそれほどないこと、罰ゲームが軽いものであること(以前猫争奪戦時のリベンジであると思えば、であるが)



 ミレイは時計を見上げた。
 ゲームは30分間。時計の針は開始から15分を指している。


 5分後にセーラー服のリヴァルがこっそりと、10分後にスザクに抱えられたルルーシュとカレンに腕を引かれたシャーリーが死に物狂いで飛び込んでくるのは、ミレイの脳内で既に出来上がったシナリオだったのだ。



 だがしかし、前半のパーティー会場で起きたスザクとルルーシュの予定外の飲酒により、天然で人をたらしこむ術に長けたスザクがその特殊技能にさらに磨きをかけ、集中攻撃にあったルルーシュを紅潮させるというこれまた予想外の収穫(おそらく全学生の半分近くにとっての)を齎した副産物は、勿論ミレイのシナリオにはないハプニングだった。
 そしてその瞬間に、ニーナの指が偶発的にカメラのシャッターを切ってしまったのも、シナリオにはない僥倖だったのである。




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20070512

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