06. 傍らの孤独 深夜。 ふっと意識が持ち上がるように戻る瞬間がある。何かのきっかけがあるわけでもないのに、何の前触れもなく目が覚めるのだ。そんな目覚めの後は、もう一度眠りの道を手繰ろうとしてもその背中の陰さえ見えず、朝までベッドでゴロゴロしているしかないのだが、最近は一蓮托生の同居人であり、共寝する傍若無人な女と一緒なのでそうそう身動きもとれない。そういうときはクラブハウスの屋上で朝まで待つのがここ数ヶ月の習慣だった。 だが、今状況はそのどちらでもない。 C.C.と共に眠るようになって、このベッドでの二人寝が半ば当然に思われるようになってきた頃、スザクが泊まりに来た。 C.C.を部屋から追い出し客間に押し込み、スザクを、積もる話もあるからとルルーシュの部屋に泊めた時、その習慣が災いして、当然の様にスザクの横に入り込んでしまったのが運の尽きだった。 僕がソファで寝るよ馬鹿お前は客だろ俺がソファで寝るならなんでベッドに…習慣だベッドに二人で寝ることが?馬鹿ナナリーとのだ! そんなやり取りの末、スザクが困ったように笑ってうーんルルーシュが二人でも構わないなら僕は良いよ?と言ったことで悶着は終わった。 それ以降スザクが泊まりに来る時は同じベッドで眠るのが暗黙の了解になってしまっているのだが、スザクには一つ困った癖があるのだった。それは翌朝になって初めて発覚した性癖なのであるが、スザクは同じ布団の中に温かいものがあるとついつい抱えて寝てしまうと言うのだ。 因みにこれは初日の朝先に目覚めてしまったルルーシュがスザクの胸に顔を押し付けるように寝ている事に気付いたが早過ぎるためスザクを起こす事が忍びなく思われ太陽が高くなって来た頃やっと起きたスザクがごめんごめんとやけにすっきりした顔で起き出した時の言い訳、もとい白状の文句である。 それは何か、俺以外にも他人と一つベッドで眠りあまつさえいつの間にか抱きしめて眠っていた朝があったという事か。しかもそれが性癖だとわかるまで。なんども。 と思わないでもなかったがそんな事を言えば え、ルルーシュはないの、僕らもう17なんだからないわけないよね、などと天然のエアークラッシャーに己の何か大切な物が粉砕されるのがルルーシュの脳裏に瞬時に描き出された14通りのシナリオの内で最も有り得る可能性だったので口には出さず、まぁいいけどな、と苦笑いだけで返した。 失敗したと後悔しても今更後の祭りである。 というわけで何がいいたかったのかというと、近頃恋人同士になったとは言え幼い頃からの友情がバイアスとなり未だプラトニックな関係であるスザクと共にいつもの様に眠っていたものが、夜中に目が覚めるとすでに親友兼恋人兼敵である人間の腕にきつく抱え込まれた状態となっていて、親友兼恋人兼敵の体温がパジャマごしに感じとれて微笑ましいと同時に身じろぎも出来ずに苦しいという事だ。 仕方なく少しだけ首を上げてスザクの様子を伺う。屈託のない顔で(天使の顔だ)、すうすうと眠っている。起きる気配はないが、腕を緩める気配もない。 じっと眺めていても埒があかない。 少し前、まだ一人で寝るのが当たり前だった頃、こんな時に考えるのは父の事だった。 直接父にあったのは、日本に行けと命じられた謁見の間が最後だ。その時の言葉は今もルルーシュを苦しめる。お前は生きた事などないのだと。数カ月前にはその言葉を何度も繰り返し、今の俺は生きているのかと自問した。少なくとも身分を偽らねば生きられず、アッシュフォードの支援がなければ明日の糧にも困る状況は到底生きているとは言い難いと考えている。 だが、今、ギアスを手に入れ、自分は生きるために動き出した。そう、生きるための闘争。生を勝ち取るための戦争だ。いずれは始める筈だったそれに、ギアスという予定外の助力と、スザクという最悪の敵が加わった。それだけだ。 生を脅かすものは排除する。コーネリア然り、シュナイゼル然り、皇帝然り。けれども。目の前の天使に目が止まる。 殺せるのか、こいつを、俺は。自問する。無論だ、と答えねばならない。そして、けれど、と反論が返る。この温もりを手放すことが出来るのか。否、と返る返事。身を妬く独占欲。 手放せない。一度は諦め、冷え切った自分に延ばされた大きなてのひら。夏の日、自分を掬い上げてくれたそれ。綺麗な手とは言わない。今までに、人を屠ってきた手だ。実の父を、敵を、 ―――騎士団の戦士を。 けれど血に塗れたそれでも、自分を掬い上げてくれると信じられる、唯一のてのひら。今己の背中に回る、熱いそれ。 手放せない。けれど、白兜。そのパイロット。いずれは倒す敵。そう、倒さねばなるまい。だが倒すのは誰だ。カレンか、C.C.か、それとも名前も知らない一般兵か。そんな人間がこいつの最期を看取るのか。勝利を喜びながら。名誉ブリタニア人と嘲りながら。そんなこと (許せるわけがない) ならばいっそ、今この手で。 ルルーシュは後ろ手に、ベッドとマットレスの間を探る。ゼロになる前からそこに隠してある護身用の銃を手に取る。 玩具のような軽さの銃。だが、場所を選べば殺傷力は十分だ。 相手はぐっすりと眠っている。今なら撃てる。 肘から下を巧妙に動かし、前手に持ち替え、首を貫くように宛てる。 さぁ、撃て。 「ルルーシュさ、昨日、もしかして眠れなかった?」 「いや?なぜ」 「うん、なんかまだ眠そうだし、目が腫れてるよ?大丈夫?」 「大丈夫だ、ちゃんと寝たさ。目が腫れてるのは…夢を見たからだ、多分」 「悲しい夢?」 「‥忘れたよ」 「そう。…今は?」 「いま?」 「うん。まだ泣きたい?」 「…少しな」 「そう」 シャツのボタンをかけている途中のスザクが、ずかずかと近づいて来たかと思うと、目尻に口付けられた。 「お…まえ!」 「今度泣いてたら、起こしてあげるから」 ね。と首を傾けて微笑まれる。 ああ。天使の微笑みだ。 まるで夢のような、ままごとの愛。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 20070512 ブラウザバックでお戻りください |