05. 変わりゆく君を 「スザク?平気なのか、こんな所に来ていて」 「スザクさん、いらっしゃい」 ルルーシュの押す車椅子に座ったまま、声のする方へナナリーが視線を向けた。 「こんにちは、ナナリー。うん、今日はちょっと挨拶に」 「挨拶?」 ルルーシュが訳がわからないと言うように問う。 「うん、ちょっと。やりたいことが見つかったから、暫く休学させて貰おうと思って、その手続きに。生徒会の皆にも会いたかったし」 「そうか」 「スザクさん、学校、辞めちゃうんですか?」 「違うよ、また戻ってくるつもり。でも今は、やらなきゃならないことができたんだ、だから、ごめんね。」 ちょっとの間だから。ナナリーと目線を合わせ、車椅子の手摺りに置かれた白い手を安心させるように握った。 「そうなんですか。あんまり、危ないことはしないで下さいね」 ナナリーの言葉は無力だった。今やブリタニア軍の中でも最強と目される第七世代嚮導兵器ランスロット、その唯一のデヴァイサーであるスザクに危ないことはするな、などと言っても所詮は使われる身、周囲が黙ってはいないだろう事くらい、ナナリーにもわかっていた。それでも祈らずにはいられなかったのだろう。 それを読み取ったスザクは、心配してくれて有難う、と優しく返した。 スザクはそっと手を離して立ち上がると今度はルルーシュに視線を移す。 「ルルーシュ、昨日は、その、突然変な電話をかけてごめん」 「いや、気にするな。わかってるから」 「そう?有難う。」 「学園長に会うんだろう?途中まで一緒に行かないか」 「?うん、」 ナナリーの車椅子を押すルルーシュの横を一緒に歩く。スザクは制服だがルルーシュとナナリーは私服だ。こんな状況だ、今日は授業もないのだろう、と校舎まで見渡しても人一人見かけない前庭をゆっくりと歩く。 昨夜あんな事があったとは思えないくらい、ここはいつも通りだった。 青い空に、温かな日差し。小さく揺れる、芝生と花。前方の噴水もいつもと変わらず優美な水の線を描いている。まるで、昨日の事が嘘のようだ。 だが、スザクは横目でルルーシュを見遣る。 「ねぇルルーシュ。左目をどうしたの?」 問題の時間、外に居た筈の彼は、けれどその身に包帯も絆創膏も傷痕もなく、いつも通りの白皙を保っていた。 只一つ、左目を覆う無骨な眼帯を除いて。 「あぁ、これは」 「昨日、転んでしまった時に、擦りむいてしまわれたんですって。スザクさんも気をつけてって、お兄様に言ってあげて下さい」 ナナリーがごまかそうとしたルルーシュを遮って告げ口をする。 「ルルーシュ…折角綺麗な顔なんだから、気をつけてよ」 「…馬鹿にしてるのか?」 「心の底から掛値なしの本音だよ」 「…この人たらしが」 「何か言った?」 「いや、お前は口が上手くなったなと思って」 「なんだよそれ」 口元に手を当てて笑う。ルルーシュも、ナナリーも。 職員用玄関に着いて、ルルーシュとナナリーと別れた。 「気をつけて帰ってね」 「学園の敷地内なんだから、そうそう滅多な事は起こらないさ」 「それでも、だよ」 「あぁ、わかってる。行ってこい」 「うん、それじゃあね、ナナリーも」 「はい、また後で」 そうか、クラブハウスの生徒会室でまた会うかも。 そんな意を込めて頷き手を振って、スザクは踵を返した。 背後で、ルルーシュ達が立ち去る気配を感じながら。 学長との話は短くて済んだ。復学の可能性もあるからと、退学ではなく休学で。 暫く、軍の方が忙しくなりそうで、と苦笑いしながら言うと学園長は好々爺然とした笑みを浮かべて、いつでも戻ってきたまえ、と言ってくれた。スザクは深くお辞儀をして部屋を辞した。 また戻ってきたいのは本当だ。それがユーフェミアの望みであったし、スザクは学校が、生徒会の面々が好きだ。何よりルルーシュと学校に行ける、それだけでスザクには十分以上の価値があった。 クラブハウスまでの道程を走った。同じ方向なのだからと、途中でルルーシュ達に追い付くかな、とも思ったけれど、クラブハウスの建物が見えて来ても二人の姿はなかった。 久しぶりな気がする建物に足を踏み入れる。扉を開けると、室内にはリヴァルとミレイ会長が居た。 「スザク!」 「スザク君」 無事でよかった、とリヴァルがすっ飛んで来てスザクの腕を叩く。 「うん、心配してくれてありがとう。皆も無事?」 「それが、カレンが行方不明らしいの。家にも居ないって、でも学校にも居ないみたいなのよ。」 カレンは黒の騎士団の一員だ。ここにいないのは当然だと納得するが、それは自分が口に出して良いことではない。だから、当たり障りなく心配ですね、無事だと良いんですが、と返した。 「シャーリーは実家よ。お家にお母さんが一人だと心配だって、さっき帰ったわ。」 「リヴァルは良いの?」 「家は親父もいるし。それに…この場面で帰れないでしょう男として!」 ミレイを意識して言うリヴァルは健気だと思う。しかしミレイは冗談混じりに「リヴァルよりニーナの方が頼もしいかもしれないけどね」と呟く。 「ニーナはどうしたんです?」 「ニーナは、」 「…篭ってる。この間の学園祭で使った家のKMF覚えてるでしょう?あれと一緒に。」 理由は、やはり。 「ユーフェミア皇女殿下、ですか」 「えぇ…ごめんなさい、スザク君も」 「いえ、僕は大丈夫です、もう。やらなきゃいけないことが、できましたから。あ、そうだ、今学園長に挨拶に伺ったんですが、すみません、僕、暫く学校をお休みします」 「マジかよ!」 「うん、ごめんリヴァル」 「…戻ってくるのよね?」 「ええ。‥終わったら、必ず。」 「そう。まあ、どうせ暫くは学校も授業どころじゃないでしょうしね。絶対に、帰ってくるのよ。待ってるから。」 ミレイが真っ直ぐにスザクを見て言う。横で、リヴァルもそうだそうだと頷いている。 スザクはくすぐったい思いで小さく笑み、イエスユアハイネス、と言った。 ミレイは安心したように笑った。 「ところで、ルルーシュとナナリーは?僕より先にこっちにきてると思ってたんですけど」 先程から気になっていたことを告げた。 クラブハウスだから、学園とそれほど離れているわけではない。スザクが走れば二分、歩けば五分の距離だ。スザクが学園長と話していたのは十分程だったから、もうこちらに戻って来ていても良い筈だった。 どこかで寄り道でもしてるのかな、気をつけてって言ったばかりなのに。 そんな事を思いながら室内をぐるりと見渡して、もう一度ミレイに視線を戻すと、ミレイは訝し気な顔をしてスザクを見ていた。 隣に目をやればリヴァルも怪訝そうな顔をしている。 「どうしたの?」 「スザク、お前やっぱり昨日何かあったんじゃねえの?病院行ってきた方が」 「何の冗談?」 「冗談はお前の方だろ?」 「え?」 バタバタと廊下を駆ける。何度か立ち入った、クラブハウスの南棟。そこにルルーシュの私室がある。姿勢制御もままならない程、動揺していた。 だって、自分はさっき、ルルーシュと話していたじゃないか。あれが白昼夢だったとでも言うつもりか? (冗談はお前だろ) 廊下の角を曲がりそこねて床に片手を付いた。けれども意識は早く早くと急いていて、重心を戻す暇もなく走り始める。 (ルルーシュって―――) 扉が見える。立ち止まることも、ノックするのももどかしく横の開閉パネルを叩き壊す勢いで押す。あぁ、前に一度ノック位しろと怒られたのに、また叱られるな。思いながら、扉が開くのを、絶望と共に見つめた。 (ルルーシュって―――) だれだよ。 部屋は空だった。 「――――――っ!」 (副会長?副会長は俺とシャーリーで兼任してただろ) (ここに住んでた?確かに南棟は空いてるけど、生徒は皆寮住いなんだから、だれも住んでないわよ?) (スザク君を生徒会に入れた訳?スザク君が、猫を助けてくれたからよ。ね、アーサー?こら、引っ掻いちゃダメでしょうアーサー!第11皇子?七年前の戦争に巻き込まれて亡くなったと聞いているけど?) (どうして、ぼくはいつも、) ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 20070511 本編からすると、ルルーシュはそのうち自分の死を偽装するつもりだったんですよね。という所から出てきましたこのネタ。 きっとあのあと、授業もないまま、とりあえずブリタニア人学生は安全確保の為一斉退去させられてしまうんじゃないだろうか。 その時にいなくなってしまった美貌の生徒会副会長の事は、時々話題に上るけど、どうしちゃったんだろうね、位の話題で終ってしまう。みんな自分が大変だから。 そのうち自分のことも忘れられてしまうだろう、とか、ルルーシュは其れくらいに考えてたんじゃないかな。 で、スザクは、自分が会っていたルルーシュは自分の夢だったんじゃないか、とか思うといいと思う。 悩んで悩んで、再会して 妄想でした。 ブラウザバックでお戻りください |