君に届かない、この手


 
03. うして


 どうして



 引金が引けないのだろう。






 無理矢理に弾こうとすると、どうしても腕が震えてしまう。これではどうあっても奴に…ゼロに当たるわけがなかった。
 接近すれば当たる。だが、敵も先程から撃つ気があるのかないのか、銃を構えたまま引鉄を引く気配がない。
「何故撃たない?」
 ゼロが尋ねた。
「貴様こそ何故撃たないんだ」
 苛立ち紛れに吐き捨てる。質問に質問で返すのは卑怯だ、と頭のいつも醒め切っている部分が囁く。だが、何故撃てないのか、自分でも分からないのだから。
(仕方ないじゃないか!)




 広い玉座の間。
 周りを取り囲む黒の騎士団の制服を着た面々は二人のやり取りを見守っている。
 中心に居るのは緑の髪の少女、C.C.。そして黒衣の、今は王となった、合衆国日本の代表ゼロと、主を失った白の騎士。
 いつしか建物を揺るがしていた轟音は消えていた。外の戦闘は終わったのだろうか。片隅でちらりと考えて、再び目前の男を睨み据える。ゼロが言葉を発したからだ。
「枢木よ。お前の銃は私を殺せるか?」
 何を当然なことを。スザクは返した。ゼロは満足気に一つ頷く。

 ならば私はお前を撃とう。

 おかしな宣言だった。何故そんな事を言う必要がある。さっぱり訳がわからない。この膠着状態も。
 故に沸き立つ得体の知れない気味悪さが、スザクの視線をゼロに固定し続けていた。


 不意にゼロが仮面に手を掛けた。

 はらりと散る黒絹の下に、白晰の美貌。
 見慣れた、彼の顔。

「ルルー…シュ?」

 ゼロの、ルルーシュの指先に力が込められるのが見えた。


「さようなら、スザク」

“生きろ!”


 現実の肉声に相反する二つ目の声が頭蓋の内に響き渡った。主の物に似て、けれど異なるその声音。
 そしてそれを掻き消す凶悪な銃声にスザクの身体は劇的なまでの反応を示す。
 聞こえた銃声に被さり響いたもう一発の銃声は、スザクの手元から響いた。
「…え?」

 ゼロが、ルルーシュが黒衣を閃かせて地に伏せる。玩具のような、酷く軽い音を立てて銃が大理石の上に落ちた。
「え?」

 じわりじわりと拡がる朱に、現実感が沸かない。

 けれど、掌に伝わる熱は確かに銃弾が放たれた事を示していて。

 そして今倒れたのはルルーシュ、だ。

「あ、あ」

 ゴトリ、と重い音を立て手から銃が落ちた。

「ルルーシュ?」

 憎くて殺してやりたくて、たった一度、あと一度だけ過ちを覚悟で殺そうと思った、

 ゼロ、は、ルルーシュ、で、
 だから今僕が撃ったのはルルーシュだけどゼロでだから。


 ゼロは敵だ。



 だから撃った。



 けれど、ゼロはルルーシュで。
 ルルーシュは友達だ。






 ゼロは敵だ。
 だから撃った。
 だけど何故自分は生きている?



 そしてなぜゼロの銃はこんなにも軽い?



 ゼロがルルーシュだから


 自分がゼロの友達だから。




 ヒールの高い音を響かせて、C.C.が伏した王の前に歩み出る。C.C.は傍らに跪くとルルーシュの間近に顔を寄せる。
「これでよかったのか?」
「あぁ」
 溜息のような声で肯定を返す。
「お前は幸せか?」
「あぁ、…契約は、果たしたぞ。俺は、いま、孤独、じゃない、」
「そうか。よかった、な、ルルーシュ。もうお前を、お前達を脅かすものはない。眠れ、安らかに」





「…ん」





 小さく子供の様に頷いて、全身から力を抜いた。
 C.C.の長い髪の帳のせいで、黒の騎士団の面々にも、いつの間にか膝を着いているスザクにも、ルルーシュの最期を見て取ることは出来なかった。


































 終わってみれば、事態は収束していた。黒の騎士団の首領、ゼロは死んだ。だがブリタニア側も、ユーフェミア副総督についでコーネリア総督を失い、双方ともに甚大な被害を受けたと言える。ブリタニア側は、猛将と讃えられたコーネリアを討ち取ったイレブンを押さえることは不可能だと感じたのか、総督府に第五皇子(いずれは大使とするつもりであるとして)を派遣することを条件に、緩やかな束縛が残るとは言え、国権の回復を約束した。
 日本側に代表を設け(ゼロ亡き後その任に就いたのはキョウト六家の神楽耶であった)今後はその代表とブリタニアとの折衝により、経済面の規制やエネルギーの使用統制、人権の確保等の諸問題を片付けつつ、衛星国家を経て独立する事になる。
 エリア11は日本の名を取り戻した。
 それだけでなく、合衆国日本の理念を受け継いだ新政府は、ブリタニアの植民地となっている他の16のエリア開放にも働きかける事になるだろう。

 この混乱に乗じて姿を消した神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの後を、第一皇位継承者であった兄を蹴落とし継いだのは第二皇子、シュナイゼル・エル・ブリタニアであった。

 日本におけるブリタニア軍は、主戦力であったエリア11駐留軍の壊滅及び将軍を兼ねていたコーネリアの死により事実上瓦解した。
 警察公安機構も新日本政府により再編成された。



 ゼロを手に掛けたスザクは、裁かれなかった。現場にいたスザク以外の全ての人間は、ゼロは自決したと口を揃えたからだ。スザクは身柄を特派のトレーラーに移された。

























 人気のないアッシュフォード学園のクラブハウス。かつての友人の、仮の住まいだった場所。彼の部屋の扉に額を付けた。
 もう彼はどこにもいない。裁かれない殺人は二度目だが、責められない苦痛から逃れたいと、あれから何度自決しようとしても出来なかった。

 声がするのだ。

「死にたいのか?」
 気付けば背後にはC.C.が居た。V.V.と同類の、得体の知れない魔女。ルルーシュにギアスという異端の力を与えた女。ルルーシュの最期を看取った女。

 スザクは無言で向き直り、表情のない蜜色の瞳を睨み返す。
「死ねないだろう。」
 うっすらと笑う。
「それが、お前にかけられたルルーシュの願いだからだ」
「…なに」
「お前にとっては、今となっては呪いの様に思えるかもしれないが」
 C.C.はスザクの左胸を指した。
「お前は覚えていないだろうが、お前はすでに、ルルーシュのギアスを受けた身だ。生きろ、と、それが奴の望みだった」
「…」
 何度も脳裏に蘇る、あの声がルルーシュ?
 あぁ、そうか。
 ルルーシュは、ゼロなのだ。

 だがゼロはブリタニアの敵だ。則ち、スザクの敵である。何故そんな命令を?


 違う、始めから考え直せ。スザクはあの日から停滞させていた思考をのろのろと動かす。

 ゼロは始め、確かにスザクを助けた。そして、仲間にしようとした。それを断ったのはスザク自身だ。それから先、スザクとゼロが同じ意見を持つことは殆どなかった。
 だが、その間学校で会ったルルーシュは?変わらず温かくスザクを迎えてくれた。一体どんな心持ちで笑顔を向けてくれていたのだろう…


「覚えてはいないだろうが、私とお前達はシンジュク以前に一度七年前に会っている」
 唐突な話題転換に一瞬ついていく事が出来ず、思いがけなく、は、と声が出た。
 魔女は笑った。
「V.V.は肝心な事は何も話していなかった様だな。」

 そもそも、C.C.とルルーシュの間で交わされた契約とは何であったか。


「ギアスを持つ者は人とは異なる時間、摂理の中で生きることになる。王は孤独のうちに死んでいく。今まで幾度となくギアスを与えた者の死を見て来たが、これを打ち破ったものはいない」

 何故C.C.やV.V.の様な者達が生まれて来たのか、どこから現れどこに消えていくのかもわからない。同類は沢山居てその顔触れが変わることはない。彼等はこの世界に存在する人と酷似した形を持ちながらも、人が決して持ち得ぬ強靭な生命力を持っていた。
 彼等に死と言う概念はない。彼等の生命は個にして全、全にして個。空間を越えて繋がり、伝達しあう。
 だが、全てが繋がっている彼等には個という概念が欠如していた。彼等は決して人とは交われない。故に彼等は愛情を、友愛を、人が人に向ける様々な感情を知らずにきた。知る必要がなかった。そして、死と生を知らなかった。

 けれど、彼等の一人が、生きることが辛いと感じ始めた。人と共に生きた一人だった。その感情は彼等の種全体に伝達された。
 彼等は考えた。死。死を望む仲間。この星の生死流転、食物連鎖から外れた自分達は、死を知らない。だから、生をも知らない。しかし、長い長い間を過ごして来て、死を見て来た。
 死は終わりだ。死は恐ろしい。
 けれど、その為に痛烈な死の渇望の叫びを無視して良いものだろうか?
 彼等は知ることを始めた。彼等の間に用いられる感応能力、人に向ければ凶器にも成り兼ねないそれを至近で使用しても影響を受けない人間を探した。そしてその人間に付き纏い、一生を克明に見聞きし、学んだ。
 けれど、その人間達は須らく非業の死を遂げた。ギアスを用いた人間もそうでない人間も、本意ではない死に方を歎きながら死んだ。
 死は存在が消える事。
 それはとてもとても恐ろしい事。その考えを覆す筈が。


 故に、ルルーシュが選ばれた。


「なぜ?」
 突拍子もない物語のような内容だが、既にV.V.からある程度の知識を流し込まれ、C.C.を前に、ルルーシュのギアスを知ったスザクに信じられない事はなかった。そして、話すC.C.の様子がとても穏やかだったから、信じる気になった。

「お前が居たからだ」
「僕?」
「私がルルーシュを見初めた時、ルルーシュはお前と居た。お前は、可能性の一つだった。私がルルーシュと契約を結んだ条件は、死が恐ろしいものではない事、生が意味のあるものであると、我々に証明して見せろ、というものだった」

 奴の死に顔を見たか。
 スザクは首を振った。
 彼の遺体は世間に曝される前に、早急に黒の騎士団によって荼毘に附された。
 スザクが見ることは叶わなかったし、見ることができるとも、あの時の自分には思えなかった。

 自らの手で、殺した彼を。

「ギアスの力は、王が死ねば消える。奴は、満足そうな顔をしていたぞ…あぁ、そうだ。伝えるか伝えないかは私の判断に任せると言われたが、お前には必要がありそうだ。」
「何を」
「奴からの遺言というやつだ。辛い役周りをさせた、すまない、ナナリーを頼む、だそうだ」
「!」

 謝るくらいならどうして!
 叫ぼうとした言葉は声にならずに肺腑に凝った。けれど魔女には隠せなかった。
「悟れ。あいつの守りたいものは元々二つだ。それ以外には遣う気も持たない、不器用な奴だったんだ。…酷い人間だよ、あれは」
「その酷いこと強要したのは君達だろう」
「ああそうだ。お前も私を憎めば良い。まぁ、お前が私を撃とうがどうしようが、どちらにせよそろそろ私も退場だ」
「…」
 ルルーシュが契約を履行したからな。ついに私達は平安を手に入れることができる。
 ふふ、と小さく笑った。

 だが。



「これは私からの餞だが、騎士殿?」


 飽和状態のスザクの脳は、既に考えることを放棄したがっていた。

 それでもスザクがこの場を去らないのは、意地だ。ルルーシュを看取り、遺言を受け取り、ルルーシュについて理解している魔女への。



「黒のキングは白のナイトに魔法をかけた」




            [生きろ!]
 




 幼児でも分かる簡単な理屈だぞ。



 魔女は足取り軽く退場する。





 さて、真実は何処に?



      魔法が解けても祈りは消えない






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20070507〜0509

C.C.の願い大捏造。

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