君に届かない、この手





10.封じ込めた



好きだった、ルルーシュが。






出会いはお互いに最悪なものであった。
なんせスザクはルルーシュに対し暴行を働き、ルルーシュがナナリーの為についた優しい嘘を台なしにしたのである。悪いと思い素直に謝罪しようにもタイミングを逃し続けた。心の中に蟠りが残り、謝ろう謝らなければ、俺はお前を気に入らないがこの間は悪かったと謝らなければ。そんな思いでブリタニアから来た兄妹を見守っていた(結果として、だ)。
好機は割と早く訪れた。何故か枢木の家で出す食事を断ったルルーシュは度々街へ買い物へ行く。枢木の敷地は広く、敷地内にはそれほど人が住んでいないが、山の下はそのかぎりでは無い。そして、ぱっと見日本人らしい黒髪の彼は、よくよく見ればその顔立ちは全くのブリタニア人のものだった。
けれども、日本人より余程美しい黒髪、聡明な顔立ち。それらはブリタニアに一物も二物も心に抱く物がある日本人には、嫉妬あるいは嫌悪を掻き立てるものであったらしい。
枢木の家は、昔から街の有力者であり、その噂は良い物も悪い物もあっという間に広がるのが常であった。
街に下りたルルーシュは度々、抑制の効かぬスザクの様な血気盛んな少年達に暴行を受けた。たまたま兄妹が住み処にしている土蔵に忘れ物を取りに行ったスザクは、一人静かに座っているナナリーに兄が帰ってこない旨を聞き、ルルーシュを探しにいった。
発見時、ルルーシュは少年達に暴行を受けている最中であった。その姿を見た時、スザクは同じ事を数週間前に働いた己を心底恥じた。身寄りを無くし頼る者もない、幼い二人きりの兄妹を、枢木が守らずに誰が守るのだと。否、もっと明け透けに言えば、ルルーシュに暴行を働く、則ち傷付けて良い人間は自分だけだと幼いながらも歪み切った独占欲が、根底には既にあったのやもしれぬ。とにかく、スザクは弱い者いじめという構図が気に入らず、何度か彼等の間に割って入り、一つの出来事を通してルルーシュの、仲直りには程遠いが僅かの信頼を勝ち取った。

恋を自覚したのはその後すぐであり、しかし父を殺す決断にかかる時間はそれよりも尚早かった。
父を殺した時点でルルーシュへの恋心はスザクの中で何よりも高純度なものであると証明されたが同時に最たる過ちと不可分なものともなった。

それと前後してスザクはルルーシュへの恋を封じた。

スザクの初恋は3の歳頃であった。相手は15も年上の枢木家の手伝いの女性である。
彼女は既に同僚の男性と結婚し枢木の家を出たが、今となっては彼女に抱いた想いが恋であったのかそれとも憧れであったのかは判然とせぬ。だが例え憧れだとしてもその年の者にしては早熟である事は確かであろう。スザクの、ルルーシュと出会う以前にあった公平な正義感もこの早熟さに端を発したものと言える。
スザクは早熟であるが故に、常識と非常識をはっきりと認識していた。そして、日本と言う国は少数派、所謂マイノリティは多数派(マジョリティ)に勝つことは出来ず排斥される運命にあることを知っていた。
つまるところ、もっと直截に言うのなら同性同士の恋人がいる事は知っていたが、それがマイノリティであるのも同時に悟っていたのである。
いくら大人びているとはいえたった10の幼い精神にこれのインモラルである事は多少なりとも負担をかけるものであった。加えて、ルルーシュの為に親さえ殺してしまう想いの強さに、スザクは自分自身に恐怖を抱いた。父は弱い者では決してなかったが、手に掛けても良い存在でもまた、なかった。

幼いスザクの中に、インモラルに対する拒否とルルーシュを慕う本能、そして父を手に掛けた禁忌の事実が同時に出現し、それは張り詰めていた心を破裂させるに十分な圧力であったのだ。

故に、スザクはルルーシュへの恋を封じた。恋とは、人の中で最も利己的なものであったから。
そして、すり替え。
兄妹を守るのだと、父を殺した理由にすげ替える。自分さえも騙す。全霊を賭けた嘘であった。


戦火の中で、互いの生死が分からないまま、七年を過ごした。
七年、スザクにとっての七年は、ルルーシュを忘れるのに十分な月日であった。
本当に忘れたわけではない。恋心を奥深く、絶対に日の射さない沼の底に沈め厳重に封じた後、濾過の末に残った兄妹と共に過ごした日々の思い出は、沼の中層にたゆたい時折日の光に反射し、見下ろすスザクに僅かの痛みと慰めを齎した。
しかし、七年が経つうちに思い出は淘汰され、思い出されることも稀になり、忘れはしないが思い出すこともないという何とも不安定な存在となった。ルルーシュやナナリーは、自分が生み出した幻想ではないかとスザク自身が疑ってしまう程に。

そんな折、再会は劇的であった。劇的な再会は世界を揺らし、思い出を煌めかせ、鎖に繋ぎ沈めた甘い記憶をも揺さぶり起こそうとした。
危険だ。
けれど、それは余りに甘美な華。
根を張り水を通し、今にも水面に顔を出そうとする薄紅の花弁のように。


封じた種はいずれ芽吹き、優美な花弁で沼を彩るであろう。
その様はまるで醜悪な己を隠すよう。


――睡蓮のような恋心でもって。




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20070515


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