1/3の純情








 (7)
 
 海面から顔を出すと、ひらりとロロが堤防から下りる所だった。
 幸いスザクもルルーシュも意識を失うことも無かったので、一番近い岩場まで100メートルほどの距離を泳いだ。家の近所だ、地理は心得ていた。それでも、走り続けて来た身体に波は優しくはなく、貧血で身体の動かないスザクを引いて岩場まで泳いだ。
 身体を引き上げて、やっと話しかけられる状態まで回復したルルーシュが、スザクに声を掛ける。
「大丈夫か」
「まぁ、何とか。ルルーシュこそ」
「俺も、まぁ」

 互いの無事を確認して、一息つき、何故か笑い出したくなった。必死だった。笑えるほどに。
 考えてみればスザクにとってこの辺りの海など庭のようなものなのだ。その海で、先ほど自分達は命からがらの遠泳でもするような心地で必死に手を引き、岩場に上がってきた。自分たちにとっては必死にならざるを得ない深刻な事態だったにもかかわらず、傍から見れば、それは同じ位滑稽なものであるような気がした。であるから一息ついて、その行動の客観的なところを思うと、少々恥ずかしく、・・・何故か笑い出したくなってしまったのだった。


 一頻り笑って、岩肌の上で服を乾かした。
 そのうちに日差しが傾き、熱風がおさまって来たのを皮切りに、ルルーシュは腰を上げた。疲労仕切った筋肉がギシギシと音を立てそうな位だったが、何とか立ち上がり、スザクに手を貸す。
 上の道に戻ると、先の堤防からずっと続くそこに、ルルーシュとスザクの鞄と、タオルが二枚置かれていた。
「ロロかな」
「多分」
 あいつめ、とルルーシュが呟いた。
 無事だったんだから良いじゃないか、とスザクは軽く言い切った。
「ロロは、君が腑抜けになったって、悲しんでたよ」
「ロロが?」
「淋しいんだよ。僕は、ロロの気持ちが少しわかる」
「?」
「ルルーシュが、ナナリーの事ばかり追い掛けるから。淋しく思ったんだ」
「ばかか」
「ばかじゃないよ。僕もロロもルルーシュが好きなだけなんだ」

「…バカバカしい」

 スザクはルルーシュの言葉に曖昧に笑った。早く着替えたい。二人は歩き出した。
 スザクの左手には堤防がある。
「今日は上らないのか」
「流石にね。…今日やっと、いつものルルーシュの気持ちがわかったような気がするよ」
「それは大きな成果だ。ロロを褒めてやらなくちゃな」
「厭味だな」
「そう思うなら自重しろ」
「うん。」
 素直な頷きに、ルルーシュはスザクを見た。
「僕がいつも堤防を歩きながら、何を考えていたかわかる?」
「…いや」
 わからず、ルルーシュは首を傾げた。スザクは、ふ、と笑った。

「ここから落ちたら、ルルーシュは助けてくれるかなって」
 まさか、事故とは言え実際に落ちるとは思っていなかったが。
「ルルーシュが助けてくれたから、もう歩かないよ」

 スザクは満ち足りた気持ちで告げた。焦げ付きそうな焦躁も、ナナリーと比べる気持ちも、波に洗われたように今はどこか遠かった。
 ただ、知ることの出来たルルーシュの答えに満たされている。

 心は今、水盤のように静まっていた。

と、

「スザク」
「うん…て、わっ!」
 ルルーシュがスザクの両脇を抱えてスザクの身体を堤防の上に持ち上げた。
 高さ80センチの上に乗せられ、スザクは驚いたようにルルーシュを見る。
「ルルーシュ?」
 次いで、ルルーシュも堤防の上に上る。堤防の向こうは、昼に見た時より大分潮位が下がっていた。

「俺が、いつも下を歩きながら考えていた事が、お前にわかるか?」
「…ううん」


「お前が落ちたら俺も助けに飛ばなければ、と、考えていた」


「…え」


 ぼけた顔をするスザクを見て、ルルーシュはあまりの鈍さに頭を抱えた。
「だから!」

 日が落ちていて良かった。辺りは真っ暗で、人通りもない。お互いの顔も、造作しか見えない。―――羞恥に染まった顔を、見られずに済む。
「お前が望むならお前と同じ場所に立ってやるし、お前が落ちたら、」

「君も一緒に落ちてくれるの?」

「…っ、そうだ」

 実際にそうしただろう。
 勢い込んだものの、スザクに先に続きを言われ、ルルーシュの声は力を失った。
「はは、」
「何だ、何を笑う」
「は、だって」
 声は笑っているが、湿ったものが混じり始めたそれにルルーシュは慌てた。
「おいスザク」
「だって、嬉しいけど、嬉しいけど!僕、馬鹿みたいだ…」
 スザクがふら、とルルーシュに倒れ込んで来た。
 常より熱く感じる、細い身体にルルーシュが腕を回した。
「…ばか」
「わかってるから、もう言わなくていいよ…」


 

 そのうちに、嗚咽を漏らすスザクの声が少し治まって、ルルーシュは身を離した。

 


 堤防から飛び降りて、ルルーシュとスザクの鞄を持つ。
「…ほら、帰ろう」
 手を差し出した。

「…下ろして」























 あの、風の強さを思い出す。
 ルルーシュは一度眼を閉じた。
 
 スザクの両脇に手を差し入れて、疲労の滲む手足に力を込める。
 道路に下ろしたスザクを抱きしめて、ルルーシュから唇を奪いにいった。
 三度目のキスは、酷く塩辛い味がした。


 もっと遠くまで、緒に行けたら

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 20080811





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