(5)


 スザクはルルーシュの返事を待つことなく再度の眠りについた。保健室の扉が開き、保健医の千葉が、「枢木?昼はどうする?」と声をかけるのに、やっとルルーシュは硬直を解き、スザクの手から自分の手を引き取って布団を直し、カーテンを除けて簡易の密室を出る。
「今寝た所なので」と代わりに返事をする副会長に微妙な顔をする千葉を見ない振りで、ルルーシュは保健室を後にした。



 結局、それ以降スザクは教室に戻らないまま、放課後になった。

 放課後、ルルーシュは生徒会室に居た。室内では会長にリヴァル、シャーリーやニーナが前期書類をまとめている。ロロも授業が終わった後に、こちらに来ていた。
「兄さん、この書類は向こうのロッカーで良いの?」
「あぁ」
何とは無しに右手を見ていたルルーシュに、ロロが尋ねた。
「おいルルーシュ!お前も働けよ!」
 リヴァルがPCをかたかた叩いてルルーシュに文句を言った。ルルーシュはペンを出来上がって来た予算書に走らせて計算ミスがないかをチェックしているのだ。
「働いてるだろう、ほらまた打ち間違いだぞリヴァル」
「えぇ!?ウソォ!?」
「お前が間違うから、俺が決済印を押せないんだろ?」
「へいへい」
「兄さん、これは?」
「あぁ、これは会長のお祭りアンケートだな。集計は終わっているから処分して構いませんね?」
「はいはい」
 一応、形ばかりの了解を得て、ルルーシュはロロに向き合う。
「ロロ、済まないが、纏めて焼却炉に持って行ってくれないか?」
「分かった、裏庭のあそこだよね」
「あぁ。一人で持てるか?」
「平気だよ兄さん」
 授業中の無表情が嘘の様に、控え目ではありながらにこ、と笑うロロは、本当にルルーシュに懐いているのだなと初対面の生徒会メンバーが30分で理解できる程に上機嫌だ。
「いやしかし、本当似てない従弟だねぇ」
 ロロの後ろ姿を見遣って、リヴァルが言った。
「「兄さん大好き!」って、あそこまで出されると悪い気しないわよねぇルルちゃん?」
「茶化さないでくださいよ会長」
 ルルーシュは書類にペンを走らせながら必要書類と不必要なそれとを分けているミレイに言い返す。
「あ、」
 ふとニーナが小さく叫んだ。
「どうしたのよニーナ」
「馬術部とラグビー部と水泳部の夏休みの部活予定表が、まだ出てないみたい、なんだけど…」
「はぁ…あれって、提出期限今日の昼までだったっけ」
「仕方ないわねぇ、ルルーシュ、シャーリー、手分けして受け取りに行ってくれない?」
「はーい」
「仕方ないですね…」
 いつまでも赤の減らないリヴァルに見切りを付け、書類整理をしていたシャーリーと生徒会室を出た。

 一旦別れたルルーシュとシャーリーだが、シャーリーが水泳部の部長を探し回り顧問の検認を受ける間に、既に用意出来ていた馬術部とラグビー部の書類を回収して来たルルーシュはシャーリーと階段で合流した。そのまま連れだって階段を上る。
 自身が属する水泳部について、こんな暑い日こそプールに入りたいのに、と、かわいらしい文句を言うシャーリーの言葉にルルーシュが何度目かの生返事を返した時だ。
 ルルーシュより二段程斜め上を上っていたシャーリーが、踊場でルルーシュを振り返った。
「スザク君、今日、結局教室に帰って来なかったね」
「…あぁ」
「昼休み、お見舞いに行ったんでしょ?」
「…あぁ、うん」
「仲直り、出来た?」
「…ん…」
「ルル、」

 シャーリーが立ち止まった事に気付かず、ルルーシュが進んでしまったために、ルルーシュは踊場に立つシャーリーより数段上まで進んでしまったが、漸く気付き、後ろにいるシャーリーを振り返った。都合上、シャーリーはルルーシュを見上げる事になる。
 俯くシャーリーにルルーシュは何かあったのかと階段を降りかけたが、それよりも僅かに早く、シャーリーが顔を上げた。
「どうしたんだ、シャーリー」
「ルル、わたし、わたしね、ルルが好き」
「…え?」
 この数日で何度か聞いた言葉だが、人が人に向けるそれの大きさには慣れることがない。
「ルルは?」
「俺…?」
「わたしの事好き?それとも…嫌い?」
「…嫌いな訳、ないだろう」
「じゃあ、好き?」
「…あぁ」
「スザク君より?」
「っ」
 口ごもったルルーシュに、シャーリーは笑った。静かな声だった。
「隠さなくて良いよ、わたし、わかってたから」
「シャーリー、でも俺は、わからないんだ」
「…何がわからないの?」
 やさしい声でシャーリーが尋ねる。
「好きって、どういう事だ?」
 優しい声に促されるまま、ルルーシュは俯いて呟くように言った。
「…うーん、これはわたしの場合だけど」
 シャーリーが、少し恥ずかしそうに切り出した。
「手紙を書こうとして、でも普段は気にならない自分の字の汚さとか文才のなさにがっかりしたり、その日話した内容を何度もリピートしちゃったり、そこに居ないのにその人の事を考えてたり。」
「…」
「そう言う、誰かの為の、いつもと違う特別なコト、ルルにはない?」
「…ある、な」
「でしょう?」
 シャーリーが破顔した。

 他のクラスメイトとは一線を画して、ついスザクにお節介になってしまう自分。
 一度はさようならと言われて、それでも猶、手を離せないと思う、この執着。
 ナナリーに対する物とも違う、醜い独占欲。そうだ、図書館で会った時だとて、声を掛けなければそ のまま立ち去れた筈だ。…そこに居たのがスザクでなければ立ち去れた筈だ。スザクだったからこそ、自分はあれほど動揺したのだ。
 認めよう。自分は、スザクが―――

「わたしは、ルルが好き。だけど、ルルが幸せになってくれたら嬉しいから、ルルを応援してるんだよ」
「ああ、ありがとうシャーリー」
「じゃあ、スザク君と早く仲直りしてね?」
 ルルーシュは頷いた。

 生徒会室に帰り、ニーナに書類を渡して、ルルーシュは帰り支度を始めた。
 本家からロロが来た以上、タイムリミットは少ない。下手をすれば強制連行も有り得る。シュナイゼルの本気は、ロロの存在が示していた。
「会長、用事が出来たので先に帰らせてもらいます」
「はいはーいお疲れー。」
「ロロは?」
 ルルーシュが尋ねると、ミレイが書類から顔をあげてルルーシュを見た。
「先生に厄介な用事を頼まれたとかで、先に帰ったわよ」
「兄さんに伝えて、だってさ」
 リヴァルが先を引き取って、室内に入ってきた2人を見る。
「分かった、じゃあお先に失礼します。…じゃあ、シャーリー」
「うん、じゃあね、ルル」

 手を上げて生徒会室から出て行ったルルーシュを確認して、ミレイがシャーリーに声を掛けた。
「頑張ったわね、シャーリー」
「か、会長?!」
 慌てるシャーリーに構わずミレイが続ける。
「あんたが言わなかったらあたしがばしっと言ってやるつもりだったんだけどねぇ」
「…だって、あんな腑抜けたルル、見てられなかったんです…ぅぅ」
「おぉよしよし。この豊満な胸でとくとお泣き」
 ミレイに抱き着いて、というより抱きしめられて泣くシャーリーを、リヴァルはどこか複雑そうに、ニーナは訳もわからず見つめていた。











 鞄を持ったルルーシュは、保健室に向かった。だが、保健室には既にスザクの姿はなかった。
 僅かに息を乱したルルーシュに訝し気な視線を向けつつ、スザクの行方を尋ねたルルーシュに保険医は言った。
「枢木ならさっき、中庭に来ていた生徒が隣人だというから付き添いを頼んで、もう帰ったぞ」

 瞬間、ルルーシュの胸を、ざわりと過ぎったものがあった。






 初めて感じた君の体

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 20080810




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