05.孵化礫音 「ふぁ…」 自分とは似ても似つかない茶色のふわふわの頭が、先程からだんだんと俯きを深くし、ある角度までいくとがくんと抜ける。はっと目を覚まし、手元のテキストに視線を落としてまたふらふらと頭を揺らす。 先程からルルーシュの隣で繰り返されるスザクのそれが、ルルーシュは気になって仕方がなかった。 昨夜は美奈子に促されるまま、スザクの部屋で眠りについた。次にスザクを見たのは今朝だ。スザクはあれから一睡もしなかったらしく少々疲れた顔をしていた。ルルーシュ自身はというと、久方ぶりに涙を流したりしたせいか、それとも傍らの女性の気配に安心したおかげか、すぐに眠りにつくことができた。 そしてルルーシュが眠る時まで静かな喧噪を見せていた枢木家の家人達について言えば、いつも通りの顔で朝から仕事をしている辺り、流石と言うべきか。 一晩が経ち、冷静になったルルーシュとは逆に、スザクの様子がおかしくなったのは明らかだった。疲れているのとは違う。ぼうっと中空を眺めているかと思えば、突然びくりと肩を震わせて我に返る。かと思えば溜息の連発で、凪いだ翠緑が途方にくれた迷子の様に揺らいだ。 昨夜、その場の勢いと昂りにのって慣れない告白などしてしまったルルーシュは(恋愛とは得てしてそんなものであるがルルーシュには慣れない経験だったのだ、真っ向から己の心の内を曝すなど!)自分のせいだろうか、それとも何か他に理由があるのだろうかと気にはなるが、昨夜だけだと自分で宣言してしまった以上こちらから言い出すのも気まずいものがあり、結局口出しを控えることになった。 だが。 (あぁ、また!) ルルーシュは、畳敷きの部屋に絨毯を敷き、白いレースのカバーの掛かった革張りのソファに座り、そこに置かれた綿レースのざっくりとした質感のクッションにもたれて本を読んでいたが、目の前で絨毯に直接座り、学校の課題らしきものをこなすスザクの様子が、気になって仕方ない。 平生は、悩み事がある風情でおかしいだけ。 けれど、流石に身体を動かさずテキストに集中しなければならないとなれば、朝食後の時間ということも相俟って、今ので六度目の居眠りだ。一時間ほど前からテキストを開いてはいるが、10分周期で居眠りをしているから、結局1頁も進んでいない。 ルルーシュは本を閉じ、机の上に置いた。手近にあった団扇を引き寄せる。 「スザク」 「!なに、ルルーシュ」 「ちょっとこっちに来い」 手で招き寄せると、スザクは首を傾げながらテーブルを回り、ルルーシュの前に立った。 「隣に座れ」 「?」 素直に座ったスザクのシャツの肩口をがしりと掴んで思いきり引いた。 「って!うわっ!」 「暴れるな!」 出来上がった体勢に気付いたスザクがじたばたともがくのを一喝した。 「良いから、寝ろ。」 「で、でも、」 「良いから。私はお前の母親なんだ。まぁ、寝心地は悪いかもしれないが我慢しろ」 そんなこと、とフォロー仕掛けるスザクを黙らせようと、スザクのくせっ毛をかきあげ、額に静かなキスを落とした。 目を見開き一瞬硬直したスザクに内心してやったりとほくそ笑んで言う。 「おまじないだ。良い夢が見られますように」 すると、今度は硬直から回復したスザクが、苦笑混じりに言った。 「これで悪夢って事もないだろうけどね…でもどうせなら違うところにしてほしかった」 スザクの挑発するような悪戯気な一言に、情けなくも一瞬動悸が跳ね上がった。大腿の上に頭を預けているスザクには伝わってしまっただろうか。 ―――折角一矢報いたと思ったのに。 だが、醜態を曝しているのは昨夜から考えると今更で、それでも何も言わないスザクにルルーシュはこみ上げる何かを必死に飲み下した。 かわりのように、仰向けに視線を合わせるスザクの目を掌で覆って、そっと唇にそれを重ねる。 数秒の、キス。 スザクの目に当てた手の平が、スザクの瞬きに合わせて動く睫毛の震えを感じ取ってしまうのがくすぐったくて、思わず笑ってしまう。 ゆっくりと顔をあげて手の平を退ける。 閉じているかと思ったスザクの目ははっきりと開かれていて、その濃さを増した翡翠に視線を絡め捕られる。 「―――今のも、おまじないのキス?」 「……さぁな」 「―――、一度じゃ効かないかも。」 もう一回、して? 悪戯に持ち上がった口の端。細められたアーモンドアイに、僅かに覗く欲の光がルルーシュの紫紺を射抜く。 「…仕方ない奴だな、この甘えたがりめ」 「母さんなんでしょ?子供のささやかなお願いくらい、聞いてよ」 「お前は母親とこんな事をしたのか、」 「まさか。ルルーシュだからだよ」 「なんだ、それは、」 「黙って」 スザクが両手を延ばして身体を倒していたルルーシュの後頭部を捕まえる。今度はルルーシュがぎゅ、と固く目を閉じた。 同時に固く結ばれたルルーシュの赤く染まった薄い唇に舌を這わせて湿らせる。 「ふっ…」 長時間保つには辛い無理な体勢に、ルルーシュが力を抜いた瞬間、自然に唇が開いてあえかな声が漏れた。その声の甘さに自己嫌悪する間もなく、スザクが隙間から舌を這わせて歯列を辿る。 くちゅ、と僅かな水音をたてて唇が離れた。銀の筋が切れる。 「…良い夢見れそう」 愛しげにルルーシュの濡れた唇を親指の腹で辿って、濡れたそれをぺろりと舌で舐める。 おやすみ、と蕩けた瞳で呟いてスザクは寝心地のよい体勢を探すのに身じろぎ、身体を横向きにした。 その動きが、過敏になった皮膚に刺激を齎しルルーシュは瞬間ぞっと身を震わせたが、やがて止まった動きに力を抜いて、右手の団扇でスザクと自分をゆっくりと扇いだ。 遠い昔、幼い自分と妹を寝かし付けた時の、母の扇の様に。 スザクが一時でも安らげる様にと祈りながら、何時しかルルーシュもソファの背もたれに寄り掛かって眠りに落ちた。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 20070812 ブラウザバックでお戻りください |