蜜薔薇蝶




ルルーシュ女性化

かつ

描写は出ませんが15禁位。スザク以外の人間も出ます。
嫌悪感を抱かれる恐れがある方はご遠慮くださいますようお願いいたします。















































 花から花へ妖しく飛び回るのように、


   
窓掛け(カーテン)
のひかれた薄暗い部屋の中、不思議にくゆる香が、部屋の中に白く沈澱している。薄く背後を透かす寝台(ベッド)に装飾された華蓋から下がった亜麻織(リネン)の幕は(ドレープ)を描き、その向こうに絡み合う二つの影を映しだしていた。
 暗い色調を重ねた細かい織の重厚な絨毯(カーペット)。真鍮の鈍い光とガラスの釣燭台(シャンデリア)、それに寝台の脇に据えられた樫の机上の銀白色の円筒提灯(ホールカンテラ)は今はなりを潜めている。
 満ちる空気は気怠いもので、昼間だというのに先程まで其処で行われていた行為を読み違える者はないだろう熱が残っていた。


 横たわっていた片方の人影が身を起こした。亜麻織をめくり、厭味のようにきちんと整えられた衣服を着込む。威風堂々とした壮年の男性は、同じ室内の影の中に佇む男を一瞥した。昨夜から、一度たりとも気配を感じさせなかった男だ。脱ぎ捨てたはずの衣服が整えられていたのは、この男の働きなのだろうと見当をつけて、どんな人間なのだろうかと少しの興味が湧いた。 栗色の癖毛、小柄な体躯、男が視線を向けても気配を消したまま、壁と同化している。
 ―――あの女の従者か。
 昨夜熱を共にし、今の今まで責め苛んだ白い肌の持ち主たる女主人を思い、忍び笑った。誘う仕種は馴れたもので、その身体も男を咥え慣れた爛熟さを備えていた。奔放という訳ではないが、淑女とは言えない艶を掃く、しっとりとした吸いつく様な雪白の肌と絹の様な漆黒の髪、手入れしているのはこの男かと思うと、今もなお気配を断ち佇む男の心の内に要らぬ好奇心が湧きそうになり、自らを戒めた。

 此処は、蜜地獄。

 詮索は無用、無闇に突けば指を咬まれ食い千切られる、とは何とも直截(チープ)な噂であるが、現に彼女に無体を強いた後、姿を消した家は後を絶たない。
 同じ轍を踏むまいと、最上級の礼を尽くして彼女に奉仕し得た昨夜を、自分は生涯忘れないだろう。





 

 










 男の気配が遠ざかって、スザクはやっと動き出した。主が不快に目覚めることはスザクの本意ではないので、気配は消したまま、まずはこの室内に淀んだ熱を取り払おうと、寝台から離れた窓を開ける。
 ふわりと風が入ってきて、窓の外に咲き誇る薔薇の香りを運んできた。

「う…」

 帳の向こうから、風に反応したのかかすれた女性の声が上がる。
 スザクは驚かせないように歩み寄り、帳を引いた。
 乱れた敷布(シーツ)の上、絹のそれよりも練り光るような白い肌を申し訳程度に隠し、俯せた主人は、見下ろすスザクを後ろ眼にちら、と見遣った。
 しかしすぐに瞼を閉ざし、ぐったりとシーツの波間に身を沈めた。
 白磁の肌は傷一つついていないことにスザクは秘かに目笑する。
 ただ、ところどころ体液に汚れた肢体は、見ていて気持ちのいいものではない。―――それが自分の物でないとなれば尚更だ。
「ルルーシュ様」
「…煩い」
「お休みになりますか?それとも、」
「何時もの通り、だ。言わせるな、」
「わかりました、」
 ふう、と息を吐いて主人は仰向けに体を起こし、瞼を繊手で蔽う。
 溜息を吐く為に僅かに開かれた唇は、一度唾液に濡れたからだろう、かさかさと乾いていた。それを見咎めたスザクは、寝台の上に一度乗り上がり、手で隠された目元はその儘に、自らの舌で主の唇を湿らせた。




 湯浴みの支度を整えたスザクは主を浴室に運び、丁寧に丁寧に彼女の肢体を洗い上げた。スザクより十程年上になる彼女は、しかしもうすぐ30になるとは思えない容色の持ち主でもある。照り映える様な雪白は細いけれど女性らしく優しいまろみを帯びて、艶やかに長く伸ばされた黒髪はしっとりと白い背中を覆う様に波打っている。
 足先から髪一筋、先程まで違う男に蹂躙されていた恥部すらスザクに委ね洗浄し磨かせた主人は、ふと眠るように閉じていた瞼を開き、スザクを見た。
「…薔薇は咲いているのか?」
「はい、今が盛りです」
 スザクは主人の雪花石膏(アラバスタ)の肌に触れて手入れをしながら答えた。
「見たいな」
「お持ちしますか」
「いや、私が行こう」


 自室の窓を開ければ、そこはもう薔薇園に通じる露台(テラス)だ。緩やかに湾曲(カーブ)を描く階段が地面へと連なり、備え付けられた鍵はこちら側からしか開かない。
 唯一庭師だけが、庭園の存在を知るのみ。
 スザクは主人の手を取り、庭園へ下りた。
 今が盛りとばかりに、新緑を照り映えさせる陽光が、薔薇の色をも輝かせる。
 ざあ、と風が吹いて、漆黒の髪を靡かせた。
 ルルーシュはそれを手で押さえて、眩しい陽光を遮るように顔の前に手を翳した。
 植えられている花の株は開花時期もあり濃淡様々だが、紫と薄紅の薔薇が主だ。
 ルルーシュは薄紅の薔薇を手折った。花の部分だけを摘み取ったそれは、棘もなくルルーシュの白い手の中に納まる。
 紫の薔薇には、ルルーシュの名が。
 そして、薄紅色の薔薇には。

「…あの男は俺に付くそうだ」
「はい」
「これで必要な駒は揃った」
「はい」
「喜んでくれないのか」
「その様な事は」
「では何故そんな顔をしている」

 ルルーシュがスザクの前に立った。
 薔薇を持つ反対の左手で頬に触れられ、スザクはほっそりとしたその白い指を自らの右手で捕らえた。
「僕はただ、」
「この計画には反対だったか」
「いいえ、いいえ、その様な事は…!」
 スザクは激しく否定を繰り返す。
 常ならぬ従者の様子に、主は不安そうに眉根を寄せた。
「ならば何故」
「貴女が!」
 スザクが捕らえた右手に唇を寄せた。
「貴女がお決めになった道です、自分は、…けれど」
それでも僕は、貴女を失いたくない…!

 ルルーシュの紫紺が揺らいだ。それを見たスザクははっとして、主人の手を放し後ずさる。
「申し訳ありません、ご無礼を」
「いや…」




 風が吹いた。ごお、と葉を揺らし、ルルーシュの手の内の薄紅の華を浚う。




 やがて、主人が口を開いた。
「私は、ナナリーが死んでから、お前に会うまで、ずっと死んでいたも同然だった」
「…」
 スザクは唇を噛み締めた。
「お前が来て、この薔薇を私に捧げて、私は初めて」

 その先は言葉にされなかったけれど。


「全てが終わったら、私を浚ってくれないか」



 ―――復讐が為っても、そうでなくても。



「…イエス、ユア」

 言いかけて、スザクは言葉を飲み込んだ。

「Yes,My Dear.」


 

 僕の心と命は、あなたと共に。


――――――――――――――――――――――――――――――――――

 20080530



ブラウザバックでお戻りください