紗がかかったように霞んでいる。確かなのは、腰周りに柔らかに回された腕の感触と、体温の高い筋肉質の身体。

 これは夢だ。
 夢の中でその男は、俺の肩に歯を立てた。
 ん、と先程までの愉悦が呼び覚まされかけて煩悶すると、背後の男は密やかに笑った。
 逃がさないとでも言う様に、きゅ、ときつく抱き込まれて、今度は背中に吸い付かれる。
―――君の肩胛骨、綺麗な形をしてる。
 話し掛けられて、朦朧とした気分で返事をする。
―――知るか、どうせ自分じゃ見えない
―――尖ってて、陰が凄く綺麗に出来るんだ。知ってる?肩胛骨って、天使の羽の名残なんだって。だから肩胛骨の大きなヒトは、その分他の人より幸せになれるんだって。
―――馬鹿か。天使は幸せになるんじゃない、幸せを与えに来るんだぞ、
 俺は途切れそうになる意識で、男にもすぐに理解できるよう平易な言葉を使ったが、それは余りにも稚拙過ぎて真実とは程遠いものになった。けれど、
―――じゃあ、やっぱり君は天使かも。
―――は?
―――僕は今、とても幸せだと感じているから。
―――恥ずかしい奴め…













 目が覚めて、とても恥ずかしくなったのは俺の方だった。何だ今の夢は。まるでピロートークのような。相手がわからないのだけが救いだ。もしこれが知ってる相手だったら顔を見る事が出来なくなる所だ。

「兄さん、起きてる?入っていい?」

 ドアがノックされる。俺は大いに慌てた。部屋の中を見渡して、変な物は出してないかを確認し、何故こんなに慌てるのか自分自身が不思議になる。ロロは、弟は許可も無しに勝手に入ってくるような奴じゃない。それに、見られて困るような物など落ちていはしない、最初からこの部屋には何もないのだから。
「あ、ああ、いいぞ」
「うん」
 返事と共にドアが開く。
「おはよう、体調はどう?」
「あぁ、大分いいよ」
「よかった」
 昨夜の酷い偏頭痛は実際治まっていたので正直に答えるとロロが安心したように微笑んだ。優しい面差しのロロが笑うと、本当に小さな花が飛ぶ様に思える。
「起き上がるのが辛いかと思って、オートミールを作ってみたんだけど」
「お前が?」
「もちろん。」
「怪我とかしなかっただろうな」
「兄さんは僕を何だと思ってるのさ」
 ロロが苦笑いをしながらトレーを机の上に置いた。小さな取り皿によそい、持ってきてくれる。一口含むと、程よい甘さが口に広がった。
「うん、美味しいよ、ありがとうロロ」
「よかった。あ、ちょっと換気しようか」
 ロロが身軽に窓に寄る。冬が終わり、そろそろ春だ。桜の蕾もそろそろ色付いてくる頃。
 ロロは制服だ。今日は入学式の準備で生徒会は召集が掛かっている。猫の手要員のロロも、会長は巻き込むつもりに違いない。
 ふっと、ロロの背中を見る。アッシュフォードの制服は細身で、身体のラインが綺麗に出る。
 思い立って、ベッドを降りた。ロロの背中に近付き、手を添わせる。
「わ!な、何、兄さん」
「ああ、悪い、驚かせたな」
 びくん、と大袈裟に感じられる程反応を返されて、俺まで驚いた。俺は苦笑して、肩胛骨、と呟いた。
「え?肩胛骨?がどうかしたの?」
「いや、お前の肩胛骨も大きいな、と思ったんだ。肩胛骨は天使の羽の名残だと言われてるらしいから、お前も幸せに」
 ん?違うか。
「お前が俺の天使なのかもな」
「えぇ?」
 困ったようにロロが声を上げた。
 その様が、何だかロロらしくなくて、俺は思わず笑ってしまう。ロロはもしかしたら、クリスマスパーティーでのリヴァルの扮装を思い出しているのかも知れない。
「似合うと思うぞ、天使の羽」

「もう、兄さんたら!笑いすぎだよ!」

 くつくつと笑い、しまいには涙がでてきた。むくれたように頬を膨らませたロロは、けれど次の瞬間、思い付いたような顔をして飛び付いて来た。用意のなかった俺はそのまま無様にも尻餅をついた。絨毯が敷いてあってよかった。
「うわ!」
「あははははは!」
 胸に顔を押し付けてしてやったりとロロが笑う。俺には似なかった優しいミルクティ色の柔らかな髪を、俺は仕返しの様にぐしゃぐしゃと撫で掻き回した。
「あはは、僕が天使なら兄さんも天使だよ、」

 だって僕たち、兄弟じゃないか。

 その言葉にそうだな、と俺は頷いた。
 けれどもう一度、今度は驚かせないようにそっとロロの背中に手を回す。固く浮き出て尖った骨は、本当に、今にも翼を生やしてしまいそうに思えた。


(5,2 Angel Maker)

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20080608



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