CAGE&EDGE/7

※一部16禁相当の描写が入ります、ご注意!







 眠れなくて、僕は部屋を出た。深夜、一時半。遅くもないけど早くもない。
 別段。寝なくても明日に差し支えるようなことはない、と思う。僕は、記録の上では16歳だけれど、資料で見る限り兄さんが16歳の時より小さい気がするから、本当はちゃんと寝ないと、いけないのかもしれない。




 僕は地下に降りた。水の流れる音がする。落ち着く。ここで殺した男の事を思い出した。
 ギアス、兄さんとお揃いの、僕の力。
 ふと考える。先日赴任して来た、ナイトオブセブン、彼はギアスを持っているか。
(…どう、なのかな)

 持っていないとは限らない、兄さんの知らない内に得ている可能性はある、けれど。
(でも)
 多分、枢木スザクは持っていても使わないような気がする。出来ることなら、持ちたくないと、思っているんじゃないだろうか。

(大切なヒト)

 屋上で、言っていたのは多分、
(友達と、主か)

 どちらもギアスの力に狂わされた。なら、きっと。












 ふらふらと、僕は本部に来ていた。人間の生々しい感情を考えるのは、今まで人間関係を作っていなかった(必要なかった)僕にとってとてつもないストレスだ。(あいつらはこのストレスで僕を殺せると思う)
 モニター越しの映像は、楽だった。現実味がない。そこに僕が入り込む余地はないからだ。だから、安心して眺めて居られる。

 モニターを見回す。どこも無人だ。当然だ、機情は僕とヴィレッタ先生以外、無効化している。
 あれ、と声に出して呟いた。異常を確かにするためだ。声の余韻が消えない内に、異常の元を眺めた。一つ、作動していないカメラ。兄さんの部屋に付けられたものだ。記録に残ってしまうといけないと、無効化した後も録画を続けていたはずだ。提出するデータは偽物にすり替えている。問題はない。 けれど、今、そのモニターは真っ暗だ。
 兄さんが切ったのか、故障か、それとも。

 僕は、パネルを操作して、カメラのスイッチを入れた。
 そして映ったものに、目が釘付けになった。

「兄さん、に枢木スザク?」

 窓が開いていて、カーテンがはためいていた。寝ようとしていたのか、無防備な寝着姿のルルーシュと、ベッドに縺れる様に転がるのは、制服姿の枢木スザクだった。
 兄さんは手足をじたばたと動かしていた。枢木は兄さんの首を押さえ付け、馬乗りになっている。

「兄さん!」

 心臓が早鐘の様に鳴り始める。兄さんが殺されてしまう。―――ルルーシュを殺せないと、揺れる瞳で言い放った、あれは嘘だったのか!

 エレベーターが開き、閉まる時間差が酷くもどかしい。前にこんなに気が急いていたのは、ショッピングモールで兄さんを見失った時以来だ。
 足音を極力押さえて走る。その間も思考は目まぐるしく回転していた。何故枢木スザクがこんな時間に兄さんを訪なう?何故、兄さんの部屋のカメラだけが切れていた?もし殺すなら、その理由は何だ。C.C.を捕らえた?ゼロの記憶が戻ったとばれた?前者なら、機情の本部に連絡が入る筈だ。けれどさっきまでいた機情本部は冷ややかに静寂を保ち連絡があった気配はなかった。

 後者なら、僕は保身を考えねばならない。

 機情での会話が蘇る。

(―――友達だった)
(―――僕の為にルルーシュは)

 うるさい、煩い、

 振り払おうとして、頭を振った。そこに、ふと、過ぎった可能性があった。

 カメラのスイッチを切ったのは、枢木か。


 一瞬の思考の空白、僕の足は止まった。
 それから、また歩き出す。
 本当は、行きたくない。
 だけど、兄さんの生命の危機という可能性も捨て切れない以上、状況を探り、あるいは介入しなければならないだろう。そう強引に納得させて、僕は自分の脚に動け、と命令を降した。


 気配を押し殺して、ドアの前に立つ。
 後悔した。
 中には、確かに二人の気配があって、兄さんの常にはない荒く弱々しい声が聞こえてくる。
 その声は、喘鳴に混じっていて、どう聞いても「そういう」声にしか聞こえなかった。聞いたことのない、「兄さん」の声。枢木スザクは、兄さんを友達だったと言った。けれど、兄さんの様子を見れば、二人の仲は瞭然に思える。
 僕は握った手に力を込めた。今この内外を隔てる扉に思いきりたたき付けたらすっきりするだろうか、なんて下らない事を考えてしまう位、とても、とてもおもしろくない。苛々する。嘘を吐いた枢木に?敵に組み敷かれて、女の子みたいに喘いでる兄さんに?それとも、そんな兄さんの声を聞いて身体を熱くさせてる僕自身に??

「―――っあ」

 僕は自分の思考の行き着いた先に、息が出来ないほどの衝撃を覚えた。
 欲情しているのか、僕は兄さん、に。

 頭に血が上る。
 穢い、汚らわしい、
 これは、ひとりの人間に向かう生々しい熱は、朝起きて舌打ちをするそんな欲とは全く違う色を持っている。
 もっとあつくて、どろどろとぬめり、異臭を放つ。
 ヒトに気付かれてしまうのではないかと不安になってしまう程の熱だ。
 兄さんの声が耳から侵入を果たす。犯される。脳裏で勝手に像が結ばれる。精神が、心が、汚されるような、被害妄想染みた鬱屈。その溺れるような息苦しさと、もどかしさと、同時に脳髄から背筋を通って足先まで走る痺れ。

 ここから離れなければ、と思う気持ちと、もっと聞いていたい、と言う気持ち。
 深い深い井戸の底を覗くような恐怖と。
 見てはいけないと言われている秘密の部屋を覗き見るような背徳に裏打ちされた快感。




 僕は壁に寄り掛かり、ずるずると座り込んだ。兄さんの声が、耳から僕を犯す為の物の様に聞こえてくる。声が大きくなった?

「―――ん、」

 足の間に手を延ばす。ストレス。反発。嫌だ、と思っている。それなのに、止められない手。

「―――っふ、」
 服の上から撫でるように触れて、足りなくなって下着の中に手を差し入れた。耳の後ろから、兄さんの声が忍び入る様に入り込む。甘い、高い声。時々自分の声を恥じるみたいに押し殺して息を詰めて、でもそのすぐ後には前よりもっと高い声で啼かされる。
 じん、と腰の奥の方に熱が溜まる。兄さんの声に煽られるみたいに、僕はひっそり、息を殺す。殺しながら、時々大きく息をついて酸素を取り込む。でも熱は逃がさない様に、手を止めることはしない。
授業で習った、海綿体に血が満ちる。硬くなるそれ。いつも処理をするだけなら手で擦るだけだ。興奮もしない。けれど兄さんの声が聞こえるだけで、全く違う愉悦が腰から脳へと伝わる。目を閉じた。眉が寄る。鼓動が、息が乱れる。眼裏に白い火花が散って、その一花が全体を覆う。上り詰める、空気が薄い、あつい。あつい。
『―――っあああッ!』

 一際大きく上がった声に、僕は兄さんの小さな死を知る。びくん、と勝手に身体が撥ねて、僕も果てた。





















 僕は部屋の前に立った。中で動く気配もない。おめでたいヒトだ、枢木スザク。
 ギアスを開放する。右目が熱を持つ。羽ばたいているだろう、朱い鳥。
 範囲を限定するのは難しい。それならばいっそ、解放した方が楽だ。

 わずかな音を立ててドアがスライドする。乱れたベッドにくたりと横たわる兄さんと、兄さんを後ろから抱き込むように、首元に顔を埋めて眠っている枢木スザク。
 安らかな寝顔を曝す男に、僕はこの手になんの武器もないことを少しだけ感謝した。
 兄さんの眠る場所を血で汚すことは、躊躇われた。
―――今なら簡単に殺せるのに
「兄さんに感謝しろ、枢木スザク」

 兄さんがお前の死を望まないから、まだ生かしておいてあげる。それだけだ。
「兄さん…」
 ふわりとカーテンが風にはためいた。兄さんの白い顔が、涙の痕の残る顔が月光に顕わになった。
 僕はゆっくりと身をかがめる。
 僅かに開いた唇にそっと唇を重ねた。
 長いようで、本当はとても短い時間だ。
 僕は身を起こして、兄さんの頬の涙を指先で拭った。












 妹の身代わりは、もう必要ない。恋人も友達の座も、表向きあの男のものだ。
 僕は兄さんに兄弟以上の情を持ってしまった。
 あの美しい魔神に捕われた。
 凄く一方的な、精神の蹂躙だ。
 僕は兄さんの心が欲しいのに、兄さんの心には僕の分のスペースなんてないんだ。それがとても、虚しく寂しい。
 けど、僕にはもう、兄さんしかいないから。

 部屋に戻って、僕は少しだけ泣いた。
 枢木への憎しみと、自分への憐憫に、涙が零れた。




7.真中のピーピング・トム(夜の淵で啼く声)

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20080608
   



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