黒の騎士団の蹶起事件は、ブラックリベリオンと呼称されるようになった。
 僕がルルーシュの弟を始めて数週間、わかったことは、ルルーシュは家族への愛情がなみなみならないほどに強い、ということだった。被害の少なかったクラブハウスで、相変わらず僕とルルーシュは寝起きしている。
 朝に弱いらしいルルーシュは、それでも成長期の僕の食事を欠かすことがないようにと、朝早く起きて朝食を用意してくれる。それだけでもルルーシュの僕に対する愛情はすごいものだと、客観的に僕は思っていた。けれど、それだけでは済まなかったのだ。

 偶然、僕のほうがさきに起きてしまった日があった。もうすぐルルーシュも目を覚ます。そう思って、僕は先に食事の支度を始めていようと、キッチンに立った。いつもは僕が目覚めると、ルルーシュが大体の用意を終えているから、僕は顔を洗っておいで、というルルーシュの言葉にうなずいて洗面所に行き、洗顔を済ませる。リビングダイニングに戻ってくる頃には、湯気の立つ暖かいスープや、焼きたてのトースト、サラダやミルクが、完璧に取り揃えてある。たまに、ミルクを注いだり食器に盛りつけたりは僕の仕事になることもあるけれど、ルルーシュが先にすべてをそろえていることのほうが圧倒的に多い。昼食や夕食の時も、決して僕に調理器具を触らせようとはしなかった。だから実はこの生活が始まって初めてキッチンに立った僕だけど、調理を任される立場で潜入しなければならない時もあったから、ナイフや包丁を使う手際は心得ている。
 とんとん、と音をたてて、スープに足す人参を刻む。硬い食材はいい音が立つ。その音に起こされたわけでもないだろうが、ルルーシュがキッチンに入ってきた。気配でそれを察知して僕はルルーシュを振り返った。
「おはよう、兄さん」
 けれど、ルルーシュは「おはよう」と返事を返すことなく、僕に歩み寄ってきた。目の前に立たれて、僕はきょとん、という顔を作る。内心は緊張にこわばっていた、僕はなにかまずいことをしてしまったのだろうか。
 今の生活が始まって数週間が経つ。記憶のほころびが生まれるならもうとっくに表面化してきてもいいころだ。C.C.の監視は、今のところ機密情報局がメインで行っているから、僕はここのところルルーシュの監視に全力を注いでいた。ルルーシュが僕に向けてこんな、眉間にしわを寄せた険しい顔を向けたことは最初の一件以来、一度もなかった。
 
 うまくやれていると思ったのは僕の慢心だったのだろうか。

「兄さん?どうかしたの?」
 僕は恐る恐る声をかけた。低血圧の人間は寝起きが最悪だと知ったのはこの時だったけれど、ルルーシュの不機嫌の原因はそれじゃなかった。
 ルルーシュは、僕の手に握られた包丁をそっと押さえて、指を開かせ取り上げた。
「おまえは、こんなものは持たなくていいから」
「え?」
 意外な一言に僕は聞き返した。
「危ないだろう?」
「でも、包丁だよ?料理するのに」
「だから、料理は俺がするから。おまえは、こんな危ないもの、持たなくて良い。」
 そう言って、肝心の人参を足そうと思っていた昨夜のスープを温めていた火を、ルルーシュは弱めた。僕が付けていたルルーシュのエプロンをちらりと見て、まあいいかという顔をして人参を切り始める。
「でも兄さん、僕だってもう料理くらいできるよ」
「けがをしたら危ないだろう」
 ルルーシュは言い張った。
 なぜこんなにも頑ななのだろう、と僕は思って、唐突に思い当たった。ルルーシュの本当の妹は、盲目だった。
 目の見えない妹に、当然ルルーシュは包丁を持たせなかっただろう。それどころか、火の扱いだって、させなかったに違いない。
 けれど、この状態ですごすごとリビングにひっこむのは明らかにおかしい。だから、僕は自然に聞こえるように言った。

「じゃあ、けがをしないようなことは、今度から僕にも手伝わせてね?」

 ルルーシュは、ふ、と眉尻を下げ、まなざしを弱めてあぁ、と笑った。もう一枚、エプロンを買ってこないとな、とも。


2、鳥の親鳥に守られているぼく

――――――――――――――――――――――――――――――――――

20080524





ブラウザバックでお戻りください