エリア11に派遣されることが決まった。当該エリアの気候は体に合わない、というのは、以前の任務で実感していたけれど、それが命じられた任務であるならばしかたない、と僕はため息をつきたい気持ちをこらえてはい、と返事をした。 気が重い。けれど、気が重い理由はそれだけではなかった。 兄弟もいない、肉親もいない、そんな僕が、本国にまで名の通った、エリア11のテロ組織の首魁、ゼロの監視役をしなければならない、…弟として。 ターゲットには妹がいたらしい。 なぜかターゲットは記憶を改竄され、妹がいることを忘れた状態にある。 僕は彼の弟として入り込み、彼にギアスを与え、共犯者の立場にあったC.C.を捕えなければならない。C.C.を捕縛する事が第一義で、記憶を改竄されたターゲット―――ルルーシュが、ゼロとしての記憶を取り戻した場合、問答無用で殺す事、この二点が、僕へ言い渡された任務だった。 後者は僕一人に与えられた任務だけれど、前者の問題にはサポートがつく。 機密情報局―――皇帝直属の組織だ。正直、なぜ植民エリアの一テロリストにそこまで拘るのかと思ったけれど、ギアスの力が関わってくるのなら話は別だ。 ギアス、僕も持っているその力は、人の摂理を捻じ曲げてしまう。その力を与えたC.C.という女を捕えることが第一義だというなら、任務の重要性も理解することはできる。僕は訓練された人間だ。小さなころから、暗殺を仕込まれてきたし、その功績について評価もされてきた。だからこそ、同年齢の子供を尻目にギアスを与えられ、今まで生き延びることができたのだ、という自負もある。 そう言い聞かせても、やはり気が重い。 今まで、ヒットアンドアウェイを基本とした任務をやらされてきた僕だ。長期の潜入工作なんて柄じゃないし、特に肉親の情なんて、理解しがたいものを求められても困る。何人もの同期の死を見てきたし、親子連れの家族を殺した事だってたくさんあった。子供の容姿は、大人に警戒心を解かせる効果がままある。だからこその任務だったけれど、憐みも悲しみも感じなかった。任務だから殺す、そうしなければ、自分が殺される。僕が身を置く世界はそんな場所だ。 C.C.が捕まらなければ、そしてターゲットが記憶を取り戻さなければ、任務は半永久的に続くことになるだろう。僕はその先の見えない任務に眩暈がするようだった。 黒の騎士団がエリア11の政庁を取り囲んだ三日後、ターゲットは当該エリアに戻される。それと前後して、僕もエリア11に入ることになった。本当は同日に入国する予定だったのだけれど、ちょっとした手違いで、予定より一日遅れることになってしまった。エリア11の被害が思いのほか甚大だったせいだ。 僕は、ターゲットがいない間に整えられた鳥籠こと、アッシュフォード学園に向かった。僕は今日からここで、ルルーシュ・ランペルージの弟、ロロ・ランペルージとして生活をすることになる。ネーミングセンスに脱帽する。もうちょっとましな名前はなかったのかと思ったが、まあルルとロロなら兄弟みたいに聞こえないこともない。 僕はアッシュフォードへの道のりを進んだ。ところどころにKMFの残骸が散らばる以外、建物に大きな損傷はないみたいだった。 このあたりは、やはりターゲットの住居だっただけあって、攻撃の対象にはならなかったのだろうか。僕はそんな事を思って気を紛らわせながら、―――いまだかつてない緊張を僕は覚えていた、肉親の情を知らない僕にとって、兄、ルルーシュとの再会をどう演出しようか、難題だった―――住居とするクラブハウスの扉を開ける。兄となるルルーシュの周辺人物のデータはすでに頭に入っている、そちらの対応はそれほど心配することはなかった。所詮は他人だ。僕は、ロロ、ともう一度自分に与えられた名前を他人のもののような遠さで心の中でつぶやいた。いつ何時、呼ばれても対応できるように。 クラブハウスの住居棟に入った。ターゲットはすでに、建物内に運ばれているはずだ。学園の出入り口付近に配置し、学園に先に潜入していた工作員が住居に運び込んだところは確認されている。ルルーシュの部屋は二階にある。 兄の安否を確かめようと真っ先に部屋を訪ねる弟の図を作ろうとして先手を取られた。 「ロロ!」 大きな声で、偽りの名前を呼ばれる。今しがた通り過ぎてきたリビングの扉が開閉して、中から飛び出してきた黒い人影に体当たりされる勢いで接近された。 僕は、とっさに突き飛ばそうとして、でもその前に背中に回された暖かい腕にはっとなった。確認できる黒髪、体型。これが兄、ルルーシュ・ランペルージ。 「ロロ、今までどこにいたんだ?!怪我はないのか?!」 ルルーシュの後ろから、金髪の女性、―――ミレイ・アッシュフォードと、生徒会のリヴァル、シャーリーも、ロロちゃん、と呼びながら次々と出てくる。ルルーシュは声をかけたあと、身体を離して、僕の全身を精査するように見た。 全体的に青っぽい色で統一された私服の、どこにも汚れやほつれもなく、また顔色もいいことに、ルルーシュはほっとしたようだった。僕は緊張しながら、口を開いた。 「僕は大丈夫、それより兄さんは?けがしてるじゃないか」 ルルーシュの額には白い包帯が巻かれていた。ゼロとしてテロの先頭に立っていた男で、しかも帝国の人間に捕縛された人間だ、これだけのけがしかないのはいっそ奇跡だと思いながら、僕はルルーシュの額に手を伸ばした。 「俺のけがなんて大したものじゃない、それより今まで、どうして連絡しなかった!」 ルルーシュはまた僕の肩に、どこにも行かせないと拘束するような強さで腕を回す。僕はその強さを何故か怖いと思った。同時に、腕や胸から伝わる体温に、身構えてこわばっていた体がほどけるような心地に駆られた。 「連絡できなくてごめんなさい、兄さんを探しに行ってたんだ。だけど、もう、兄さんに何も伝えないまま、どこかへ行ったりしない。そのかわり、兄さんも約束してね?僕を置いて、僕に内緒でどこかに行くようなことはもうしないって」 「あぁ!ロロ、無事でよかった」 僕の肩に顔をうずめて安堵の溜息をつくルルーシュを、見守っていたミレイやリヴァル、シャーリーがほほえましい、という顔で見守っていた。 僕は、とたんになぜか、本当に恥ずかしく感じて、ルルーシュの肩を押し戻した。 「兄さん、みんなが見てるから」 「あ、ああ」 ルルーシュは一瞬、戸惑ったように瞬きをして、僕の肩から顔を上げた。 僕の眼の色に似た、けれどもっと濃い紫に、兄弟、という暗示をかけた。この先、ルルーシュのこの眼を見るたびに、僕はこの男の弟だと、自分自身に言い聞かせることになる。 1.(「はじめまして、兄さん」とは言えなかったけれど) ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 20080524 ブラウザバックでお戻りください |