渋々と腕を差し出すスザクに少しだけ申し訳ないと思いながら、ルルーシュは勝った!と内心束の間の勝利に酔った。同時に酷く情けない思いにも捕われたのだが、それは既に慣れたルルーシュだけの痛みだ。 ルルーシュは目の粗いやすりで爪の形を整えてから、細かい方で表面を磨く。 「全く…何がそんなに嫌だったんだ?」 先程から口を開かないスザクにルルーシュは尋ねた。 「別に、なんでもないよ」 「なんでもなくて今の態度なら怒るぞ」 ルルーシュは半ば恫喝の心構えで、それでも声音は厳しくならないよう言った。 怒る、と。 それは友人としての言葉だ。 「…君に僕の手を見られたくなかった」 右手の手入れが終わり、左手の中指に差し掛かった時、逡巡していたスザクがぽろりと漏らした。 「何で」 「…女の子の手じゃないでしょう」 言われて見れば、やすりをかける都合上、包み込むように握っているスザクの手は、ルルーシュのそれとは一回り大きさが違うとは言え、骨の太さや皮膚の厚さはしっかりとしている。 ―――確かに、ルルーシュよりも力強さを感じさせる手だった。 自分の力の無さに情けなさを感じる身としては、普段は隠されているこのスザクの手はルルーシュのコンプレックスをちくちくと刺激してくる産物である。だが、今はそれよりも、無理矢理に暴いてしまったスザクの力の無さが火急的な問題であり。 「何言ってる。女の子の手だ…お前の手だろう?」 ルルーシュはスザクを女性だと認識している。当然だろう、そんな事は五年前、スザクが軍学校に入ると言い出した時から重々承知していた。 それまでのスザクは女の子にしてはスレンダーな体型だった。だが、この頃からスザクは日々「女性」に変化していった様に思う。近頃は前にも増して生々しく「女」を感じるようになった。騎士になってから、おふざけ半分でユフィに着せられ、それが半ば定番化してしまった白のミニスカートはスザクの健康的に焼けた肉感的な大腿を覗かせてルルーシュは視線の向け場に困る事があるし、二次性徴を終えたスザクは同年代の女性と比べても、健全な肉体美を備えていると言えるだろう。 それと知ったのは悲しいかな、騎士になった初夜、スザクに奪われた時が最初だったが。 いや、だが違う。今はこんな事が言いたいんじゃない。 「お前が、俺を守ろうとする手だ。…俺はお前の手が、好きだよ」 一生懸命な手だ。 ルルーシュは昔からスザクを無条件で大切だと、大事な親友だと思っていた。であるから、主従となるこの関係は出来れば避けたかったし、…関係を結んだ今となっては二人の間をどう表したら良いのか、ルルーシュにとって実は海より深い悩みだった。 だがそれも、昨夜、出口の見えた問いだ。 ルルーシュはスザクの両手を捧げ持ち、その爪先にそっとキスを落とす。 スザクの頬がばら色に染まるのを、ルルーシュは安堵と共に見つめた。 たまには「おうじさま」らしく。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 20071025 ブラウザバックでお戻りください |