ルルーシュの手は細くて白い。途中の関節も幅は狭く、指先は繊細に尖っている。
「白魚のような指、って言うんだよ」
 スザクはその手を取りながら言った。
 風呂上がり、血行の良くなった身体は温かく、指先まで血が巡り、爪は桃色に染まっている。
 ほっそりしたそれを、スザクは大切に、慎重に掬い上げた。
 主はベッドに座り、スザクは椅子を引っ張って来てそちらに座る。ルルーシュの右手の爪は、伸びてはいないがやはりいびつに欠けていた。

―…その手は昨夜、スザクを愛した。

 普段滅多にないことだ、自分達の関係においては。
 いつもはスザクが貪る一方で、ルルーシュから与えられる事は少ない。だから、昨夜は驚いて、けれど幸せも感じた。はしたない程に自分はルルーシュがほしい、そう口にも出している。ルルーシュは優しいから、女性に恥をかかせまいとそれに付き合ってくれるのだ。
 そう思っていた。
 現実問題として、ルルーシュ程純情な人間もスザクの廻りでは希少だ。同期の同世代の軍人に混じってみてもそれは顕著で、スザクは少し心配になる。誰と結婚するにしても、ルルーシュは大丈夫なのか、と。

 ルルーシュは列記とした皇族である。皇位継承位は低いとは言え、その頭脳は現在宰相を勤める第二皇子シュナイゼルの認めるところだ。成人すれば、何れは力ある家の女性の家に入ることになるだろう。だがこの純情さで、相手の女性を篭絡し満足させる事が、いや失礼、相手の権勢を手に入れられるのか。
 女性の家に入る男性にとって、房事の得手不得手は現実の力関係にも影響する。
 スザクは、ルルーシュが皇族でなくなれば彼の騎士として側にはいられなくなる。共に居られるのはあと僅かかも知れない。欲に任せる様に装いながら、その実悲愴な覚悟を持って、スザクはルルーシュと相対していた。
 だから、昨夜ルルーシュに求められた時には、痛みを感じてもルルーシュを止めるに至らなかった。
 普段しない事をする、不慣れな上に知識不足も相俟って愛撫は的確とは言えず。
 けれど、それをしているのがルルーシュであるというその事実が、スザクをよろこばせた。受け入れ慣れた身体はそれだけで柔らかくなったし、普段は手放さない冷静さも、昨晩ばかりはどこかに放り出した様に乱れた。わかりやすく明け透けに言葉にするなら、まさか挿れられただけでイッてしまうとは自分でも予想外だった。

―――その事実は、苦しい現実を再度スザクに認識させたに過ぎなかったが。





「白魚…それは確か、女性に使う形容詞じゃないか?」
 ルルーシュがスザクの言葉に聞き捨てならないと反論する。スザクは指先の皮膚に触れないよう、右手の親指―――問題の欠けた爪がある―――を優しく磨く。
「やだなルルーシュったら。今時男女差別なんて無意味だよ。」
「まぁそうかもな」
 ルルーシュが苦笑いで頷く。
「はい、出来た。もう、昨日の事は別にしても、僕は君の手が好きなんだから、傷つけたりしないでよね」
 最近の爪磨きは便利だなぁと思いながら形を整えるだけに飽き足らず表面も磨き、つやつやと輝く10本の爪に満足げに頷きながらスザクは自分の主張を通そうとなお言い張る。
 すると、ルルーシュは自分の分が悪くなったのを悟って話題を変えた。
「お前は?」
「は」
「やってやる。やすりをよこせ」
「い、いいよ僕は!」
 実の所スザクの持つ爪やすりはルルーシュ専用だ。スザクは自分の分は爪切りでばちばちと切って済ませてしまう。きっとルルーシュは、指先に刃物を入れるなんて信じられないにちがいない(スザクだってここに住んでいた時にはやすりで削ることしかさせてもらえなかった位だ)繊細なルルーシュの指先に鋏を入れるなどスザクにとって許されるものではない、のと同時に主が使うものを同様に臣下が使うことは許されない。
 それに、スザクにとってルルーシュに自分の手をまじまじと見られるのは、裸を見られるより堪え難かった。

 手、は。
 人物の生き様を表すと言う。

 スザクの手は、軍人のそれだ。今となっては時代錯誤と言える剣も、スザクにあった天賦の才とやらのせいで同期よりも徹底的に仕込まれた。そのおかげで、何度血豆を作ったか知れず、剣胼胝も出来ている。剣以外にも、騎士侯に許されたナイトメアフレームのグリップ胼胝もあり、痛めかけた関節含め、指の形は不格好で、人に、特に主に見せられるものではない。
 故に普段は誂えられた白の騎士服と揃いの白いグローブを外すことはないのだが。

「僕の爪なんて弄っても仕方ないから!」
 今日の業務を終えたスザクはうっかりグローブを外して来てしまった事を悔やみながら爪磨きをとりあげようとするルルーシュの手から逃げた。
 だが、身体能力ではルルーシュを遥かに凌ぐとは言え、身長はルルーシュの方が僅かに高く、数秒の攻防の末、きらきら輝くガラス製の華奢な爪磨きはルルーシュの手に渡った。





「きれいな物」=君の為!なのに

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20071024




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