23話後捏造。


















 Lost (CHILDLINE)




「」
「なに、ルルーシュ、」
「」
「あ、お茶?ありがとう。」
 にこり、と笑ってルルーシュがキッチンへ歩いて行く。白いシャツに覆われた背中は細く、華奢な肩甲骨が浮いて見える。黒いシンプルなパンツは細いルルーシュの足を余計に細く長く見せた。
 ルルーシュがキッチンの仕切りの向こうに姿を消して、スザクは初めて息をつく。

 ルルーシュの声が出なくなった、と聞かされたのは、つい昨日の事だった。
 それまでの二ヶ月、スザクは黒の騎士団の殲滅戦に借り出され、学校に顔を出す所ではなかったのだ。

 エリア11内に一大勢力を誇った反ブリタニア勢力は、黒の騎士団蹶起事件の後、黒の騎士団を中心に団結した。
 いや、正確に記すのであれば黒の騎士団は骨子であり、本当の中心となったのは黒の騎士団の総司令、ゼロであった。
 ゼロは類い稀なる話術と戦略のみならず、存在の持つ華をカリスマ性と共に十全に発揮し、NACを始め全国のテロ組織を纏め上げた。
 だが、ここ数カ月、黒の騎士団は弱体化しつつあった。理由は定かではなかったが、民間に流布する噂によればゼロが負傷した、あるいは病を得た、ということらしい。まさかコーネリアがそれを信じたわけではあるまいが、今回の作戦は黒の騎士団弱体化という追い風を得ての実行、そして勝利だった。
 コーネリアにはコーネリアなりの確実な情報があったのだろう、とスザクのような末端の兵士には推測することしか出来ない。スザクを始めとした特派は、ただひたすら騎士団の無頼改や月下を追い回し、殲滅するばかりだった。
 その中にいつもスザクを困らせた同級生、カレン・シュタットフェルト、本人の言を借りるのであれば紅月カレンの騎乗する赤い機体や、ゼロの搭乗するガウェインが存在しないことが謎といえば謎ではあったが、それもまた作戦を考える上層部が気にするべき事項であってスザクのような下っ端が何かを進言できるわけでもない。
 とにかく、一ヶ月に渡る集中殲滅戦は黒の騎士団の表面を焼き払い、約八割の戦力の削ぎ落としぶ成功したと言う発表が為された。


 そして、大きな怪我を負うこともなかったスザクが、一週間の報告書作成に勤しんだ後久方ぶりに学校に顔を出した時、そこには何かぎこちない風情の生徒会の面子と、声のでないルルーシュがいた。



 ルルーシュの声がでなくなったのは、かなり以前からの事らしい。
 実際、スザクは作戦の前にも学校を休んでいたのでルルーシュと会うのは二ヶ月ぶりだった。
 作戦中はもちろん電話等も掛けることは許されないので完全音信不通状態だったのだ。
 ルルーシュ自身、声が出なくなったとはいってもそれほど大変な事はないらしい。意思疎通に時間が多少はかかるが、大抵は会話に先回りして、必要な書類やメモを示すことで生徒会の仕事はこなすことが出来た。
 だが、声がでない、ということは即座の意思表示が出来ないと言うことでもある。

 声を失ってから、ルルーシュは以前よりも格段に人当たりがよくなったようだ。
 人の意思疎通に於いて言語は最も重要な手段と言える。昔、言語が通じない事で起きた古代の悲劇はキリスト教が世界から消えても語り継がれるほどである。その手段が失われたルルーシュは、以前のような人を食った丁々発止の言葉のやり取りや、意見交換が出来なくなってしまったのだ。
 普段はポーカーフェイスといえば聞こえは良いが、要するに愛想のない無表情を貼付けた美貌は、ウィットに飛んだ話術でルルーシュの人となりを表していたのだが、後者が無くなった今、残った前者はルルーシュに、様々な摩擦を生じさせる事になった。
 それを避けるため、ルルーシュは常に、微笑み目元を和ませていた。
 その表情はナナリーに対するそれに酷似していたが、それとはまた微妙に違ったものであることは、普段から仲睦まじい兄妹の様子を見ていた生徒会の面々の目には明らかだった。
 それでもその笑顔を浮かべ続けるルルーシュに、生徒会のメンバーはある種の不安を感じていたのである。


 ルルーシュの声の喪失は、身体的損傷ではないらしい。
 精神的なものであると言うのが、ルルーシュを診た医師の診断である。ルルーシュは、二ヶ月ほど前から左目に眼帯を付けるようになった。理由は誰も知らない。尋ねてもはぐらかされてしまうからだ。
 だが今、左目の不自由に加えて声を失ったルルーシュは、とても痛々しく見えた。


 紅茶を煎れたポットを抱えて戻って来たルルーシュをスザクは見据えた。
 やっぱり。
「ねぇ、ルルーシュ。君、少し痩せたんじゃない?」
「?」
 わからない、というようにルルーシュが首を振る。
「絶対に痩せたよ。だって」
 紅茶を注ぎ、ポットを机の上に置いた今は何も持っていない手の、右手首をとる。
「前はこんなに細くなかったもの」
 ルルーシュの手首は、スザクの親指と人差し指を繋いでも余りある程細くなってしまっている。スザクはせつなくなって、不意に怒りが込み上げ、

 その怒りのままに

「!」

 ルルーシュの手首に爪を立てた。
 突然の痛みに驚いたルルーシュは、あいた左手でスザクを振り払おうとしたが、誤ってスザクの頬を爪で引っかいてしまい蒼白になった。
 けれどスザクはそんな痛みを知らぬ気にルルーシュの腕に唇を這わせる。 細い中指の指先までを唇で辿り、口腔に含み、舌で爪と指の間をくすぐる。
「っ」
 びく、と震えて顔を背けるルルーシュを、スザクは静かな目で見据えた。
 中指から手の甲へ、薬指を辿り指の間に舌を這わせ小指を含む。
 ルルーシュは小刻みに身を震わせていたが、とうとうその口から拒絶の言葉が出る事はなかった。
「本当に、出ないんだね。」
 声。

 離した唇と指を繋ぐ銀の糸が卑猥な連想をさせるが、スザクの脳裏にはルルーシュの様子が焼き付いて離れなかった。涙混じりの右目を向けられたが、今はただ、切なさだけが胸を満たす。
「君にばかって言われるの、僕は本当は、結構好きだったよ。けど、その声も聞けないんだね…」
 先程の行為にも息一つ乱さないスザクは、その事がひたすら悲しく淋しかった。
 変声前の高く清々しい声も、再会した後の甘く落ち着いた声も、スザクはとても好きだった。
 昔、ルルーシュという人間から紡ぎ出される言の葉は、誰かの言葉を借りたりはせず、常に彼自身を語っていた。けれど、それも。
「もう、聞けない…」

 三人で過ごした思い出の話も、情事の際の押し殺した嬌声も、日常の何気ないやりとりも、落ち込んだときに掛けてくれた慰めの言葉さえ。

 どうしてしゃべってくれないの。

 聞くのは簡単だ。何気ない表面的な問いを、ぶつけるのは常日頃の事だった。
 けれど今は、それだけの事を知ろうとすれば、どれだけの障壁が立ち塞がるのだろう、と怖くなる。
 それに、もしかしたら、ルルーシュは真実を語ってはくれないかもしれない。けれどいつもなら容易くスザクを騙してくれる優しい声は、今はどこにもないのだ。
 ルルーシュ自身の意思に封じられてしまった。
 そしてその声は、スザクに与えられる事はない。

 ルルーシュが、そうと望まない限り。






 不意にルルーシュが動いた。
 掴まれたままの右手はそのままに、ソファに座ってうなだれたスザクの頭を腹部にもたれさせて、そっと頭を撫でる。
 何度も、何度も。
 言葉の代わりに与えられる慰みに、恋人のような友人のような母のような慈愛を感じて、スザクはゆっくりと目を閉じた。



 何人もの人間を殺してきたんです。
(ぼくはきたない)





 本当はこんな僕に、そんな優しい手は相応しくないのです。
(きみのてがよごれてしまう)








(けれどもう、ぼくにはきみしかいないんです)















((やっとてにいれた))









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20070520





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