ルルーシュが固まってしまって動かないので、スザクは仕方なく会計へ赴く。 購入したものを包んでもらい、店を出るとルルーシュは漸く息を吹き返したようだった。 「…お前、なんでそんなに慣れてるんだ」 サイズはいくつ?あ、65―85?じゃあCか、この辺だね、という言動から恥ずかしげもなく女性を置いてレジに持って行った事を言ってるのだろうか。 「うーん、昔一緒に住まわせて貰ってた女(ヒト)が居たんだ。そのヒトの衣食住コーディネートしてたから、服とか雑貨とか、みんな買いに行かされたんだよね」 それで慣れた、と言うとルルーシュが絶句した。そんなに驚く事だろうか。 「ルルーシュだって、ナナリーの服は君が選んでるんだろ?」 「それはそうだが、流石に、」 ごにょごにょと言葉を濁して俯いてしまう。 俯く動きに合わせてさらりとスザクの目前、癖のない黒髪は艶やかで、細く白い首筋はスザクの手が回ってしまいそうだった。意味のない呟きを零す薄い唇には桃色のグロスが載せられているのか、うっすら開かれて艶を放つ唇はキスをねだられているようで。 ―――白い首筋に手をかけて、黒髪に手を差し入れて。 上気した頬や上がった息はどれだけスザクをあおるだろう。 (って、何考えてるんだろ、僕) ルルーシュなのだ。 ルルーシュは男だ。同じものが着いてて、あるべき柔らかみはない。 (いくら綺麗でも) 「そういえば」 「?」 憂うルルーシュから視線をもぎ離して、スザクは口を開く。 「ルルーシュ、罰ゲームって、なんのゲームで負けたの?」 「…黙秘権を行使」 「許されるとでも?」 にっこりと意図して笑みを浮かべる。既に巻き込まれた身としては、事の発端を知る権利がある。 「…ある菓子を使ったゲームだ」 これ以上は黙秘だ、と態度で示したルルーシュに、スザクは何となく理由を悟った。 「君って潔癖の気があるよね」 「うるさい!」 昼時になり、空腹を感じたスザクはルルーシュを引っ張り食事に行こうとしたが、密集した人の中に長時間留まりたくはないと主張するルルーシュは公園で食べよう、と言い張って聞かなかった。結局外のお店でクレープやホットドッグの軽食を買い込み、公園のベンチの一画に陣取った。 長閑な昼下がりだ。テロの気配も危険な空気を放つ人間もいない。通りすぎがてら確認したが死角にも怪しいものはない。軍人として常になってしまった確認をし、スザクは腰を下ろす。スザクがホットドッグや惣菜系のクレープを買ったのに対してルルーシュはベリー三種とバナナと生クリーム、そしてチョコソースのトッピングがされたデザート系のクレープ一つだ。かわいらしい女性の身なりをしているから、羞恥心はいずこへか消えてしまったらしい。それでも声を出すと男とばれてしまう恐れがあるから、スザクにこれ、と指をさして注文を頼むルルーシュはかわいかった。目がきらきらしているように感じたのは気のせいではないだろう。 今もクレープに噛り付くルルーシュは頬を緩ませて目尻が下がっている。 (わかりやすいなぁ) 学校では鉄面皮だとかクールビューティーだとか(女の子には専ら後者で呼ばれている)言われている副会長も好物を前にすれば顔も崩れるだろう。かと言って崩れた顔に幻滅するかと言われたらそうではない。 (みんな君を好きになる) ナナリーに接するとルルーシュは途端に甘くなる。表情だけではない、声音も纏う空気も全てが薄桃色に染まるような。 その様子を見れば、誰もルルーシュを鉄面皮とは言わないだろう(シスコンとは言うかもしれないが)そんなルルーシュが唯一なんの屈託もなく笑顔を向けると思われているらしい自分とルルーシュを出掛けさせた、と考えると会長の狙いは――― うん。 「ルルーシュ、生クリームついてるよ」 「え」 前の御飯粒といい、ルルーシュは少し鈍いんじゃないだろうか。ルルーシュは右の頬を擦るが正解は左だ。スザクは頬に手を掛けてこっちをむかせ、舌で舐め取った。瞬間、遠くで嬌声や悲鳴が聞こえた気がして小さく舌を出した。 「うん、甘くて美味しい」 「お、お前!」 「どうしたのルルーシュ、すごい顔だよ」 「お前には、反省とか、羞恥心とかないのか?!」 「やだなあルルーシュ、イレブンは恥の文化って言われてるんだよ」 「ぬけぬけと…!」 ルルーシュは頬を赤くして吐き捨てるように言ったけれど、本当はまだ右の唇の端にもチョコソースがついていて、それも舐めたらすごく甘かった。スザクは生クリームよりも数倍甘いそれに今度は少し顔をしかめて、遠くで再度響いた今度はあからさまな悲鳴にルルーシュは固まった。 次の指令は動物園デートだった。パンダの写真を撮ってこい、と言う指令は、比較的簡単に済んだ。 パンダの居る動物園は少ないから(今やブリタニアと中華連邦は一触即発状態だからだ)租界の外れに位置する動物園まで電車で移動する。ルルーシュはその間もちくちく刺さる視線に辟易したように無視を決め込んでいた。 パンダはすぐに見つかって、そこでルルーシュはナナリーに大きな…下手をすればナナリーと同じくらいの大きさのパンダの縫いぐるみをスザクに所望した。いや、勿論お土産だからお金はルルーシュ持ちのつもりだったんだろうけど、今日はデートだから。 パンダは首に園の名前とパンダの名前が印字された赤いリボンが巻かれていて、スザクが抱えた。一度ルルーシュに持たせたら、前が見えないのとミュールの踵のなれなさで転びかけたので、結局スザクが持つ事になった。 夕方近くになって、最後の指令の封をルルーシュは切った。これだけは最後に、夕方になったら開けなさい、と厳命を受けていたそうで、紙の一面にはでかでかと、「スザク君にはナイショ!」と会長の字で書かれていた。 ルルーシュはスザクから数歩離れたところで辟易としながら封を開き、どこと無く固い顔で戻って来た。 「どうしたのルルーシュ、何が書いてあったの?」 ルルーシュはスザクの、縫いぐるみを抱えている右手とは反対の左腕を取って歩き出した。 スザクがねぇ、どうしたの、と尋ねても首を振るだけで答えてくれないから、喋るな、と言う命令なのかも、とスザクはアタリを付けた。 連れて来られた先は動物園に隣接されて作られた、小さな遊園地の、ささやかな観覧車だった。辺りは夕闇に包まれて、観覧車はイルミネーションが燈っていた。入場は動物園のものと同じチケットだが、乗り物に乗るとは思っていなかったから、チケットは買っていなかった。買おうとしたけれど、ルルーシュは封筒から二枚の前売りチケットを取り出し、さっさと係員のお兄さんに渡してしまった。 僕はルルーシュとゴンドラに乗り込んだ。ルルーシュは円の中心側、僕は外側で、僕の隣にはパンダのファンファンがいる。外から見ると、三人で乗ってるみたいにみえるかもしるないな、と思う。外は すっかり暗くなって、租界には光が燈った。中でも一際明るいのは政庁だ。租界自体がブリタニア支配の象徴だけど、政庁はブリタニアの国旗がはためいて、そして煌々ととりどりの華やかな照明に彩られている。光は真っ暗なゴンドラの中に入り込んで、そちらに視線を向けているルルーシュの眼にも反射している。ふと、ここにいるのは誰だろう、と思った。ゴンドラの中だけ、世界と切り離されているような、錯覚。 僕は、誰だっけ?一瞬自分の名前がちゃんと思い出せなくて焦る。そうだ、僕は、枢木スザクだ。一文字ずつ、脳裏に思い浮かべて刻み込み、そして、 向かいに座る人は? 「あれ?」 急に上げた声は間が抜けていた。 (「どうかしたの?」) 「なんだ、間抜けな声を出して」 想像と違う、男性そのものなルルーシュの静かな声で問われて、あぁルルーシュだな、と思った。けれど、それを口に出せば当たり前だろうとルルーシュに呆れられる事は必至なので、僕は窓の外に視線をやり、「綺麗だよね」と言った。ルルーシュは一瞬押し黙った後、あぁ、と頷いた。 「だが、あまりいい気分はしない」 「どうして?」 手入れしなくとも細く形のいい眉が寄せられ、鼻梁が絶妙な影を作り、アンニュイな表情はこれ、と教科書に載りそうな顔でルルーシュが呟く。 「所詮、強盗の街だ、あそこは」 僕は黙った。細められた目が、それ自体光を放つように一瞬、不穏に煌めいたように見えた。けれど、すぐにふっと息を吐いて、瞼を閉ざした。 力を抜いてゴンドラの背もたれに寄り掛かって、瞼を閉ざし、息を吐いた口は小さく開いて、グロスで光る唇は昼とは違った艶を纏って。 僕はゆっくり席を立った。ルルーシュの隣に膝を付き、上から覆いかぶさるような姿勢で唇を寄せる。 「んっ」 ルルーシュは驚いたような声を上げて、けれども決して目は開けなかった。僕は僕自身の影に入ってしまったルルーシュの瞼を見ていた。この中の、欲に潤んだ紫紺が見たい。長い扇状に広がる睫毛はルルーシュの薄い瞼を縁取って、時々ぴくりと動くのがかわいい。それは僕の舌が彼の口蓋を擦る時が一番顕著で、僅かに開いた唇から、時々水に濡れた音が聞こえた。 けれどふとした瞬間、それに混じってルルーシュの苦しそうな喘ぎが聞こえて、あぁ、僕はルルーシュとキスしてるんだ、と奇妙に僕は納得した。 好きだったのかな? 好きかと聞かれれば好きだし、愛してるかと言われたら首を傾げてしまう。だって、ルルーシュは友達だ。いくら女性顔負けの美人でも、スザクの中でルルーシュはルルーシュ以外の何者でもない。 けれど、ルルーシュの声を聞いてルルーシュだと認識しても、僕はキスを止めようと言う気にはなれなかった。寧ろ一瞬聞こえた声をもっと聞いていたいと思って、端的な手段として僕はルルーシュの下半身を探った。柔らかなシフォン生地のワンピースはダイレクトに、その女性には有り得ない器官の存在を僕に教えてくれたけれど、別にそれを不思議に思う事はなかった。あぁ、と納得して、腕を動かす。ひくりと、大腿が手の動きを制限するかの様に僕の掌を挟み込むから、僕はルルーシュの舌を吸い上げて擦りながら、乗り上げる様にルルーシュの脚の間に膝を着いた。 重さが偏って、ゴンドラが不自然に揺れた。 と、そこで不意にルルーシュの目が開いた。潤んだ眼差しがまた壮絶に艶を放って、それを眺めていたらそれまで不思議と固く握られたままだったルルーシュの手がスザクの胸を押した。 「も、やめ」 「なんで?」 「か、隣…」 いつの間にかゴンドラは頂点を過ぎていて、隣が横に並んでいた。反対の椅子に座ったファンファンの頭ごしにスザク達の次の次のゴンドラが並んでいて。 そこには会長とシャーリーとリヴァルが雁首を揃えてこちらを見ていた。 「あぁ、それで?」 ルルーシュはメモを見せた。 ラストミッション、と書かれた下に、観覧車に乗る。とある。小さな字でこう付け足されていた。 頂上付近に来たら目を瞑れ! スザクはくすりと笑んだ。会長の思惑通りになってしまったけれど、多分、明日会長に真実を問い質されるだろう。ゴンドラの位置関係からすれば、会長達からは見えていない筈だった。会長達が乗ったゴンドラが上に行って、スザクはもう一度ルルーシュに口付けた。今度は一瞬、掠めるように。ルルーシュは驚いた顔をして、もともと赤くなっていた頬をさらに染めた。 「下まで行ったら走るから」 「は?」 舌が痺れているのか、舌ったらずな声でルルーシュが問い直す。 「最後くらい、自由なデートしたいじゃない?」 「馬鹿か!」 ルルーシュは今度こそ容赦なく怒鳴って、けれどささやかな逃避行に付き合ってくれた。 先刻の、現実味のない世界は失われ、ここにいるのはただのルルーシュと、スザクだ。 でも。 「好き」 「あぁ」 本気に取ってくれたのかどうかはわからなかったけれど、今日は否定されなかっただけで嬉しいから、帰りは誰もいない電車で、並んで座ってみた。 眠ってしまったらしく、肩にもたれ掛かって来たルルーシュの髪に遠慮なく口付けを落として、スザクは満足したように笑った。 ゴンドラの魔法使い FIN ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 20080516 ブラウザバックでお戻りください |