何だか良くわからないうちに、ルルーシュは僕とデートをしなければならなくなったらしい。そして、それは女装と言うオプション付きでないとダメらしい。誰が女装をするかと言うと、それはもちろん罰ゲームの対象でもあるルルーシュだ。だけど、同時に僕に対する罰ゲームでもありますよね、と言い返したくなるのは致し方ない事だと思う。だって、ルルーシュは男なのだ。男とデートなんて、誰が喜ぶだろうか。ルルーシュと出掛けるのなら、どうせならデートではなく友達として遊びに行きたいというのが普通だろう。 信じられないことだが何等かのゲームに負けたルルーシュへの罰ゲームと、なかなか顔を出さないスザクにもついでにお灸を据えてしまおう、という会長の思考は見事な物だと感心する。 だが、それとこれとは別問題だ。いくら手段に感心しても、その結果が受け入れられない場合、当然不満は募る。しかし、スザクはそれを敢えて飲み込んだ。スザクが不満を述べることでレジスタンスを目論み爪を立てて抵抗するでっかい黒猫を除いた生徒会の皆を不愉快にさせたくなかった。 「良いですよ。じゃあ、服は僕が買ってあげる、ルルーシュ」 「お前も少しは抵抗しろ!」 「え、だって僕は別に普通で良いらしいから」 楽しみだね、とスザクは笑いかけた。スザクの中で、ルルーシュとお出かけ、以外の不都合な一切合切が切り捨てられた瞬間、裏切られた黒猫は盛大に牙を剥き、首謀者はチェシャ猫の様にニヤリと笑んだ。 「あ、ルルーシュ、これなんかどう?」 スザクの中で女装をするルルーシュと、友達とのお出かけという二つが何とはなしに分離した今、選んだ服を着たルルーシュと自分が共に町を歩くのだと言う認識は薄れがちだ。だから手に取る衣服は多くがウケ狙いか、と言われ兼ねない物が多かった。 「お前な、この店に入った時から何かおかしいと思っていたんだが、どうして」 「これなんか似合うんじゃない?ルルーシュ」 「人の話を聞け!」 敢えて空気を読まず、また人の言葉を聞かないマイ・ウェイ。 「良いじゃない、看護婦さん。仕事途中に抜けてきた「働くおねーさん」みたいな感じ、しない?」 「バカ!別に敢えてウケを狙う必要はないんだぞ」 「え?でも君はじゃあ、まともに女装してデートする気だったの?」 深く考えることもなく、口に出した言葉はルルーシュの中の葛藤を見事に蘇らせたらしい。 「この馬鹿が!」 本気の怒りがルルーシュの拳と同時にスザクの身に僅かに染みた。 結局、ルルーシュにとっては地獄に仏(しかしはたと考えれば閻魔の様に)、もう見ていられない!と(好きな男に看護婦さんのコスプレが似合う姿を見たくなかったのだろう、とスザクは思った)しゃしゃり出て来たシャーリー、そして便乗してやろうと出て来た会長は、サーモンピンクの膝下まであるフェミニンなデザインのワンピースと焦げ茶の短いジャケット(腰の細さが強調された)、茶系のミュールを合わせた。勿論会計はスザク持ちだ。 試着室は狭く、物おじしない会長だけがルルーシュと共に入った。シャーリーはさすがに遠慮したようだった。 スザクは結果を見せてはもらえなかったが、本気のシャーリーと鼻息荒い会長の様子を見、そして聞こえる嬌声と僅かの悲鳴から、少しだけ期待を抱き始める、がそれは本人も気付かないくらいに僅かなものだった。 購入したワンピースは長めで、カジュアルウェアとは言え、シフォン生地を重ねたデザインで、ジャケットの胸元にコサージュを彩ればパーティーにも来て行けそうな代物だ。しかし敢えて首元に幅広の革のチョーカーを着けることでカジュアルな雰囲気を出した。これなら喉仏もごまかす事ができる。後は、派手過ぎないパールピンクのマニュキアとペディキュア、うっすらと施されたメイク。 出来上がった能面の様に無表情を維持する美少女に、スザクはなんと声を掛けたものか悩んだ。が、どこまでもルルーシュの表情をする少女に、戸惑いはなかったから、結局素直な感想を口にする。 「かわいいよルルーシュ」 「言うに事欠いてそれか!」 「え?嬉しくない?」 「お前は嬉しいと思うのか?!」 「嬉しいよ?」 似合わないって言われるより良いじゃない。ルルーシュはそんなスザクの台詞にうなだれてしまった。 待ち合わせは学校の正門前、決行は日曜日。 「さぁ、思う存分男どもを悩殺してきなさい」 男女交流生態学会のいいネタになるわぁ、とミレイは笑いながらルルーシュ(とおそらくついでにスザク)を送り出した。 「スザク、ルルーシュを任せたわよ」 「任されました」 ルルーシュは、実際スザクの目から見てもそれなりに見られる恰好だとは思う。 男らしく筋ばったところがそれ程気にならない体型で、それでも女性より鋭角を描く部分は巧妙に隠されている。 ミレイの審美眼はそれなりに確かだ。 じゃあ、行こうか、とスザクがごく自然に腕を出すとルルーシュもごく自然に腕を取った。しかし、その姿勢で瞬間冷凍されたように固まってしまう。 「どうかした?」 「い、いや」 なんでそんなに慣れてるんだと動揺した様に言われて、は?と思わず聞き返してしまった。 「だって、ルルーシュは女の子なんでしょう?」 ごく自然に、そんな言葉が出たスザクは自分自身に驚いた。 「…今日だけだ!」 くっ、と呻きながらそっと手を伸ばしてくるルルーシュを見て、スザクの頬に自然に笑みが浮かんだ。かわいい。心の中だけで呟いた筈の言葉は外に漏れていたらしく、歩き始めたルルーシュがこけそうになった。腕を組んでてよかったね、と浮かんだ笑みは自分でも友人に向けるものではない気がして、スザクの少しの事では乱れない動悸を僅かに速めさせた。 ルルーシュへの罰ゲームはミレイが渡した封筒に入っている。全てをこなすまでは帰ってくるな、と言うことだ。 歩き始めて駅まで来た。休日なので人通りは多い。しかも、人と擦れ違う度に歩みが遅くなるルルーシュに付き合ってスザクの歩くペースも自然遅くなる。広場に来て、時計台の下でルルーシュが鞄を探った。まずは目的地を定めなければならないだろう。 茶色のなんの変哲もない封筒は苛立たしげなルルーシュの仕種にがさがさと音を立てる。「No.1」と付されている四つ折された紙を出して、開いた。スザクはその様子を横からにこにこと眺めていたが(他人事の構えだ)一目見てルルーシュが硬直したのに、流石に気になって尋ねた。 「なに、どうしたの?…うわ」 スザクも僅かに声を上げた。うん、流石罰ゲーム。 目の前には柔らかなカーブを描く、華やかなパステルブルーやピンク、清純な白や大人の魅力を引き出す黒、そして勝負時に身につけると言う情熱の赤(あ、これは日本人だけかも。前提がまず間違ってるけど)が並んでいる。ルルーシュは店に入ろうとせず、けれども女性特有のその店に入って買い物をしなければ帰宅出来ず、しかし男が一人で入るのは限りなく微妙な店………則ち女性下着専門店………にルルーシュを押し込んだ。しかし、専用のハンガーに品物が吊された棚の足元を見るだけで動かないルルーシュに、店員が近付いて来るのを察し、スザクは笑顔で首を振った。マヌカンの女性は残念そうな顔をしながらカウンターに戻っていく。それを確かめてスザクはルルーシュを覗き込む。 「ほらルルーシュ、あの赤いのなんてどう?」 喋れないルルーシュは抗議の代わりにぽかり、とあまり力の込められていない拳を振り下ろした。 脱がせるために贈るもの。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 20080507 ブラウザバックでお戻りください |