死にネタですご注意!














































 女中が夕食の食器を取り落とした。
 開け放した窓から破砕音が聞こえた。

―――ルルーシュが持つナイフが花火を写し、滲んだ光を放って振り下ろされた。










と誠/後


 ルルーシュはこの地では異国人だった。二歳の歳の差は、異国人のスザクに対する憧れを、幼いルルーシュに抱かせた。
 10歳と8歳…否、出会いが秋であったことを考慮すれば、11歳と8歳の歳の差は、如何とも埋め難い。ルルーシュは今まで同世代の友人と言うものに殆ど会ったことがなかった事から、己の居場所を奪うスザクに良い感情は抱かないだろうと―――頭の良いお坊ちゃんはもしかしたら―――と言う使用人達の思惑に反して、ルルーシュは柔和な笑みを浮かべるこのスザクと言う少年に心を開き、次第に兄以上の感情を抱くようになっていた。


 ルルーシュは知らなかった、スザクが人並み外れた身体能力を備えていたことを。
 
 スザクは知らなかった、スザクに召集礼状が届いた日にルルーシュが決心したことを。


 ルルーシュは知らなかった、戦場の現実を。爆音に身を曝し、銃声と白刃に怯える前線に立った兵士の恐怖を。

 スザクは知らなかった、ルルーシュのスザクに向ける執着の強さを。尋常でない潔癖の気を持つルルーシュが、スザクの為に犯した不貞を知られることに心底怯えていたことを。












 そして世界は糾弾した。

 無知は罪悪であると。

 虚を語る事は罪業であると。


























 スザクが意識を取り戻した時、手には血に塗れたナイフが握られていた。

「―――…っあ、」
 スザクが組み敷いた下に、ルルーシュの 華奢な体があった。ナイフから咄嗟に手を離し、スザクは上体を起こした。スザクの目に、ルルーシュの上半身が目に入った。
「う…っぁ」
 スザクはルルーシュの上から飛びのいた。ルルーシュの白い面の半面は血に染まり、喉を切り裂かれていた。ちょうど手放したナイフの幅程の傷痕、その隙間を通るようにひゅう、と僅かな音がたった。ルルーシュの、床の上に投げ出された手が少しだけ浮いて、潰されていない右目がスザクを見る。




「す、 く、」
「…め、」
「ス…あ、ク」
「やめろ」
「っと、そ にいる、て…」
「来るな…!」
「わぁ、 れ、る、な」

 にい、とルルーシュが、唇の両端を持ち上げて笑った。
 それが死力とばかりに。






 そして、ルルーシュの手は床に落ちた。













 夕餉の支度が済み、定時になっても現れない二人を、使用人が呼びに来るまで、スザクはそのまま動けずにいた。


―――どんなにお前に責められても、俺はお前だけは失えなかったんだ。だから、謝らない。









































































































「それで?」

「ルルーシュの死は、戦後のどさくさで曖昧にされた。全てがお金でどうにかなる時代だった。だから僕も、刑務所に入る事もなく義父の跡を継いで、のうのうと生きて、今になって全国を回ってる。君とも、もう長い付き合いだね」
「そうだな」
 にか、と暗い話を聞かせた後だと言うのに屈託なく笑う。彼は、この贖罪の旅の間もその笑みを絶やすことはなかった。不謹慎だぞ、と言ったこともあったが、生きてる私たちが笑わなくて、逝った者達が浮かばれると思うのか、と言われて納得させられてからは何も言わない事にした。
 
 そして僅かに表情を改めて、彼はスザクに尋ねた。
「何故今になって私にその話を?」
「190本目の花はルルーシュにって、決めていたから」
 スザクは手に持った花束を目の前の十字を象り苔むした墓に備えた。
「旅に出る前も、旅の間も、ルルーシュを忘れた時は一度もなかった。君の願い通り、僕は死なずに、君を忘れなかった」

 だから君は、もう解放されて良い。












 俯いたスザクの後ろ姿を見ていたわたしは、会ったことのないスザクの義弟を想像してみた。どんな女性に迫られても靡かずぐらつかないスザクの中にはずっと彼が居た、と言う。きっと余程に美しく苛烈で、魔的な魅力に溢れた少年だったのだろう。僅かに覗く命日の日付は今から約20年前を示している。若く見られるがスザクはこれでも自分より一つ年上の40だ。だが、外見上は20と言われても頷けてしまう―――そう、スザクが彼を「殺した」時の姿に。
 供えられた花は紫や青が基本だった。ちらちらと揺れる黄色い花粉は、夜空に浮き上がる星か花火のようだ、と思った。
 夜が似合う、魔性に捕われた―――
(いや、)
 捕われていた、訳じゃあない。
 大切に、していたんだ。
 だからもう、

(スザクを好きなんだろう?)

 ならもう、スザクを安心させてやってくれないか、と心中で囁いた時だった。
 ふわりと風が巻き起こり、俯いているスザクの後ろ姿に、一瞬だけ絡み付いた。
 その風が、少年の姿をとった事。愛おしそうな瞳が、微笑んでスザクの髪を撫でるように触れ―――消えた。



「…ルルーシュ?」



 スザクがそれに気付いたように顔を上げた時には、彼の姿は消えていたけれど。


「返事かな?」
「…だったら、嬉しい」


 スザクはもう一度、泣きそうな声で彼の名前を呼んだ。
 囁きは、風が空にさらって溶けた。



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 20080721




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