君を守るのが、










He promised me his ….



 白い正装が、深紅の絨毯に映えていた。
 腰に佩いた忠誠の証は細身の剣で、遠い昔に身に付けていた無骨な木の剣とは比べ物にならない程の上物だ。
 モニターごしにその姿を見つめた。似合っているじゃないか。皮肉げに片頬を引き攣らせて嘲笑う。
 見ろ。スザクはユーフェミアを選んだ。力を持たない自分達兄妹よりも。
 実質権力を持たないお飾りの副総督であろうとも、現在も皇位継承権を有する人間を選ぶ、それは当然の事なのだ。
 賢い選択だったな、スザク。

 自虐のように、自分を納得させる言葉を捜す。どうあっても落ち着かせることなど出来はしなかったが、それでも埒があかない、と意識を途切れさせた。
 それでも、深い心の奥。思うことはただ一つ。

 突きつけられた彼との対立に、ルルーシュは暗い部屋の中静かに目を伏せ、両手で顔を押さえて背もたれに背を預け、脱力した。


















 夜に行くよ、と、約束をした。思ったより遅くなってしまったので、学校の敷地内に入ってからは走った。だが、その足もやがてゆっくりになる。
 怖がっているからだ。
 一度は辞したユーフェミアの騎士の位。
 それは酷く身勝手な、自分本位な理由で。
 話をされたユーフェミアも迷惑だったのではないかと思う。
 戦中の混乱の中、それでも尊属殺人は重罪だ。だが、ユーフェミアはその罪を知った上で、好きだと、生きろと言ってくれたのだ。
 今近くにいる人と、かつてともにいた人達が笑い合えるような世界を。
 実際、ユーフェミアが何を―――誰を思ってそんな事を言ったのかはわからなかった。だが、ユーフェミアの言葉に、スザクの脳裏には新しく知り合った特派の面々や生徒会の皆、そして慈しみ合い寄り添い笑う兄妹の姿が蘇った。
 それを思えばこそユーフェミアの言葉に素直に頷く事ができたのだ。
 だが、心の片隅が同時に僅か軋んだ。
 ユーフェミアの騎士を辞した時、解決した懸念事項が、不安が、再び身に迫ってきたのだ。即ち、同じ学園内に存在するルルーシュ達兄妹が、帝国に見つからないかという、不安。
 自分が学園に、生徒会に所属する事でユーフェミアやそれ以外の皇族、ブリタニア人が彼等を見つけてしまわないか。
 そして、自分でも考えつく懸念をルルーシュが考えない訳がないのだ。それをルルーシュに責められる事も恐ろしいが、今度こそ絶縁状態―――何処にも彼等が居なくなってしまうのではないか。そんな不安がスザクの心を包む。
 七年前の別離は、言わば周囲に引き離されて起きたものだった。仕方がない、あの頃はまだ力を持たない子供だったのだ。
 そしてこの七年の間、彼等の事は忘れていた。
 薄情者と罵られるかもしれないが、彼等と過ごした一年は、スザクの中に最後の輝かしい記憶となり時々浮上してくるもので心を慰めてくれたが、そのうち、現実の厳しさとのギャップに苦しみが募り思い出すことを自ら禁じた。
 だが、奇跡のような確率の再会を果たした今、ルルーシュ達を再び失うことは、酷い苦痛だった。
 もしも、今。ルルーシュが二度とスザクと会わないように動き出したら。
 スザクには再び彼等を捜し、見つけられる自信はなかった。今の自分に、この日本――エリア11と言う地図は大きすぎるのだ。この中から人一人を見つけるのは、外部協力を得られないスザクには難しい。
 ルルーシュと再会してから、絶えず、手を離してはいけない、とスザクの中には声が響いていた。脅迫観念のようにルルーシュの姿を目が、ルルーシュの声を耳が求めてしまう。
 今更自分の前からルルーシュが消えてしまうなんて、冗談ではなかった。



 クラブハウスの電気は消されていた。ただ、ルルーシュの自室と思しき二階の一室には電気が点いていたので、ルルーシュは起きているらしい。大分待たせてしまった事を申し訳なく思いながら、耳の良いナナリーを起こさない為に公衆電話で携帯電話に電話をし、ルルーシュを呼び出す。暫くすると一階の玄関ホールに明かりが点り、室内着らしい簡素な白いシャツと黒のスラックス姿のルルーシュが扉を開けた。
「ごめん遅くなって」
「嫌、呼び付けたのはこっちだ、俺の方こそ悪いな疲れてるのに」
「そんな事ないよ」
 リビングに入る。
「今お茶でも注れるから、適当に座ってろ」
「うん、ありがとう。ナナリーはもう寝ちゃったの?」
「あぁ、明日も学校だし。一時間前位まではお前が来るって起きてたんだけどな。」
「そっか、悪い事しちゃったな…」
「気にするなよ、お前が悪い訳じゃない。忙しいんだろ、新米騎士殿」
「茶化さないでよ」
「茶化してなんていないさ。そうそう、ナナリーから伝言だ。騎士叙勲おめでとうございます、だそうだ。」
「うん、有難う…あ、緑茶?」
 懐かしいだろ、と笑みと共に渡されたのは、紅茶ではなく緑茶だった。ティーカップに入っているから何だか違和感があるが、顔に近づけて香を嗅げば、確かに漂う懐かしい青々としたかおり。
「お前が学校を休んでる間に、会長が持ってきたんだ」
「会長が…」
 どんなルートを使ったのだろう。今はエリア11―――元日本特有とされる物品の生産や流通は厳しく規制されている筈なのに。
 ルルーシュは優美な仕種でティーカップを傾ける。
 平然と飲んでいる様子に少しの笑いが意識せず漏れた。その笑みに気付いたルルーシュが、眉を潜めてスザクを睨み付ける。
「何だよ」
「ルルーシュが初めて緑茶飲んだ時の事を思い出してた」
 七年前、日本に来たばかりのルルーシュは初めて緑茶を飲んだ時、物慣れない渋さからか盛大に顔をしかめていた。
 それでも意地ですべてを飲み干し、それまでしかめつらを笑っていたスザクを悔しげに睨み付けたのだ。
 ふふん、と笑ってルルーシュは誇った。
「大人になっただろう」
「うん、それに、綺麗になったよ。がさつにもなったけどさ」
 はは、と悪気なく笑いながらいうと、ふと、ルルーシュが俯いた。

「ルルーシュ?」
「そうだ。大人になったんだ。だから、」
 もうお前に守られているばかりの兄妹じゃないんだぞ、俺達は。
 囁くように密やかにルルーシュが呟いた。
 スザクの鼓動が、一度跳ねる。
 そうだ、と、何事もなかった様にルルーシュが続けた。
「何?」
「俺からはまだ言ってなかったな、゛御祝゛」
「え、いいよそんな…」
「そうはいかないさ。ユフィは俺の妹だからな、異母とは言え」
「…うん。」
「ユフィを守れよ、枢木スザク少佐」
「うーん、あんまり自信ないんだけど…」
 全力を尽くさせていただきます。照れ臭くて笑って、けれど、内心いたたまれなかった。
「あのさ」
「何だ」
「怒って…ない?」
「?何を怒るんだ」
「…いや、そうじゃないなら良いんだ」
 取り越し苦労だったのか。周囲からはその硬質な容貌と相俟って、斜に構えたスタンスとポーカーフェイスを備えた冷たい人間と思われがちだが、実際のルルーシュはとても素直な人間だ。
(シスコンだし。)
 だから、怒る時は容赦なく怒る。
 激しすぎて、時には涙を零すこともあった。
(力はない癖に早々に手が出るし。)
 でも、それは七年前の事でもある。
――本当に取り越し苦労、か?

「ユフィを守れよ。お前の気持ちは――決意の固さは、理解しているつもりだ」
「ルルーシュ?」
 突然改まって口を開いたルルーシュに名を呼ぶ事しかできない。
「ブリタニアを、変えるんだろう?なら、俺達の事を気にかけている場合じゃないだろう。お前は選んだ筈だ、道を。」
「ルルー…」
「お前の。選んだ道は、ゼロが選んだそれより、難しいだろう。お前の踏み込んだ世界は、そういう場所だ。お前という騎士を得て、ユフィに対する風当たりも強くなる筈だ。だから、守れ。全力で。」
 硬質な紫玉は、瞬きもせずに真っ直ぐスザクを射る。

 観念したようにスザクは一度目を閉じた。今、言わなければ。
「…ルルーシュ。聞いて。僕、この間、一度ユフィに騎士章を返上したんだ」
 返事をしないスザクに多少焦れていたルルーシュは、全く別の話をし始めるスザクに、そしてその内容に鋭く息を飲んだ。
「驚いた?でも本当なんだ。最後まで聞いてよルルーシュ。」
 苦笑いと共に、スザクは続けた。
 一口緑茶を飲んで、喉を潤し、話し始める。
「騎士章を返した時、僕は、ユーフェミア皇女殿下に、父を殺したことを話した。…父を殺して、僕はね、ルルーシュ。もう、日本人ではいられないと思ったんだ。だから、名誉ブリタニア人になった。でも、心の底では、やっぱり日本人である事を、忘れてなかった。僕はそんな事にも、今更気付いたんだ… 
ユフィがね。今近くにいる人と、昔近くに居た人が、共に笑い会える世界を作りたいって言ってくれたんだ。僕は、その言葉に頷いたよ。思い浮かんだのは、ルルーシュ、君達だった」
 ひくり、とルルーシュの肩が揺れた。いつの間にか俯いていた彼の、さらさらと顔に被さる黒髪の下にある紫玉は今一体どんな色を掃いているだろうと、無性に知りたくなったスザクは間に置かれたテーブルを回って、ルルーシュの目前に跪づいた。
 ルルーシュの膝の上に置かれた手から冷め切ってしまったティーカップを取り上げ、やはり冷たく強張った両手を握る。
 少し視線を上げると、普段よりも少し高い位置に揺れる瞳が、やけに鮮烈に網膜に焼き付いた。
「ねえルルーシュ。僕は、名誉ブリタニア人であると同時に、日本人なんだと思う」
 スザクは、視線を僅か落として、そしてもう一度ルルーシュを見上げる。
 視線の中に、一筋の虞れを宿して、けれど口許には柔らかな微笑を浮かべ。
「だから、ブリタニア人の僕はユフィを守るよ。騎士として、全力を尽くす。これは絶対だ。でも、日本人の僕は、君達を守りたいと思ってる。――僕の持ってる全てを賭けて。」
 だから君を、君達を僕に守らせて?
 小さな誓約の認承は、長い沈黙の後、やはり小さな瞬き程度の首肯だった。









「なぁスザク。日本には武士と言うのが居るんだろう?それは騎士とどう違うんだ?」
「あー…武士っていうのは…そうだな、師匠みたいな人の事だと思う。」
「…師匠って…藤堂さん、だっけ?」
「うん、そう。武士は、忠義と礼節を重んじて主人に仕えるのは騎士と同じ、だけど、でも主人の過ちを命を賭けて諌めるのも武士の仕事で…騎士と違うのはそれ位かな…あ、いいこと思い付いた!俺がルルーシュの士になるよ」
「僕はお前の主人になるつもりはないけど?」
「いいだろ、別に。ルルーシュがナナリーの騎士になって、俺がルルーシュとナナリーを守ってやる。ほら、適材適所」
「どこが!」
「何だとぉ!」
「だってお前、将来お師匠様みたいな人間になれるのか?ホントにそう思うのか?スザクには絶対無理だ」
「言ったな!体力は俺の方がある!」
「は、この体力馬鹿が。武士は主人の間違いを諌めるのも仕事なんだろ?ならその百パーセント筋肉で出来てるような脳も、もう少し利口にしておかなきゃまずいんじゃないか?枢木スザク」
「お前が異常なんだ!」
「ま、お前に糾されるようじゃ僕もおしまいだな!」
「く、ちょっと頭が良いからって偉そうに、このモヤシが!」
「体力馬鹿!」
「運動神経ゼロの頭でっかちの石頭よりはマシだ!」
「…頑固なのはお互い様だ!」
………














 他愛無い口約束は、一度は儚く脆く崩れてしまったけれど。


 君は、僕に守られるなんて真っ平だと、思うかもしれないね。
 でも。
 僕は、君を傷付ける全てのものから君を守りたいと、本気で思っていたんだ。




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080410

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