NOTスザルル。むしろルル♀スザク。 むしろルルーシュ+♀スザク そして極め付けが思いきりファンタジーアンドパラレル。 以上の要素が気に入らない、もしくは生理的にダメ!という方は、このあとはどうぞお控えください。 スザクは空を見上げた。雲一つない晴天は見慣れたものだったが、背後を振り返るとスザクを育て、村を潤してくれていたオアシスの水辺が、遥かな彼方にあった。二年前には、スザクが今立っている場所も水が満ち、太陽の光を受けて眩しいほどに輝いていたものだった。だが、その水辺は彼方に移動し、今では池程の大きさの水溜まりが残るだけになってしまった。 スザクは再び空を見上げた。太陽が威容を振りかざすように容赦なく陽光を降り注ぎ、被った布越しにも焼け付く痛みを肌に与えた。 「スザク」 初老の男性がスザクの名を呼んだ。早くに死んだ両親の代わりにスザクを育ててくれた祖父は、日に焼け皺としみの浮き出た手でスザクを手招いた。 「なんですか、お祖父様」 足跡を残して祖父の元へ駆け寄る。 「もう半年になるな」 「はい」 雨が降らなくなってから半年が経つ。オアシスの水は国境のはるか彼方にあるという山だ、と昔旅人が教えてくれた。冬の寒い時期に雪を被り、春が来て、雪が溶けた水が砂漠の下を通って、このオアシスに届く。だがこの半年、オアシスの水は減り続け、以前はごくたまに降った雨も今年は一度も降っていない。 「もうすぐ天の川が満ちるな」 「はい、お祖父様」 「お前は何歳になるんじゃったか」 「16歳です、」 「そうか…お前の母親がお前を生んだのもそれくらいの歳じゃった…こんな時期に産んで、すまなかったな」 「良いんですお祖父様。私、立派に役目を果たしてみせます」 スザクはしわくちゃな顔を更に歪めた祖父の顔を覗き込んで笑った。 「きっと、雨を呼んでみせます」 もうすぐ暗くなってきます、帰りましょう、とスザクは祖父の手をひいた。 通りかかった村の中では歓迎会が行われている。主賓は今日到着した都の監察官だ。羽目を外したように賑やかしい様は、久しぶりだった。 「スザク!」 「なんですか」 集団の一番外側を通り家へ帰ろうとすると、スザクの姿に気付いた村長が輪の中心から大声で名を呼ばわった。同時に、スザクの名に周囲が僅かにざわついた。 「後で監察官殿に挨拶をしに来い!」 「はい」 その瞬間、周囲から寄越される冷たい視線をスザクは認めた。嫉妬、羨望、そして好奇。 スザクは被った砂除けで集団から顔を隠して足元の覚束ない祖父の手を引いた。 住居としている穴蔵を出てスザクは空を見上げた。昼間は太陽の光で追いやられていた星達が再び現れた。夜になっても雲の出ない晴天は、そろそろ満ちようかと言う天の川を余すところなく目に触れさせ、スザクに迫った。肌寒いような空気にスザクは足早に、客人の待つ部屋に向かった。 「失礼します」 声をかけたが返事がない。もしかして不浄中だろうかと想い、部屋の前で待つ。 しかし、待てども待てどもそれらしき人は現れない。寒さを感じてぶる、とスザクは身を震わせた。幕を閉じられた誰もいない部屋は、蜜蝋がゆらゆらと頼りない光を放って、ここよりは温かそうに見えた。 もう数刻が経って、スザクはついに堪えられなくなった。しかし、監察官様がいつまで村に居てくださるかわからない以上、挨拶は済ませなければならない。スザクは部屋の中に侵入した。許可がないまま室内に入るのは侵入だ。しかし室内は温かい。スザクは息を吐いた。と、首筋に冷たい物が当てられる。 「お前は誰だ」 「先程村長に呼ばれました、スザクと申します」 横目で首に添わされたダガーの刃先を見、血を吸った様子があるのに手が震えているのは何故だろう、と考えた。 すると、ダガーがすっと離れ、スザクの背後から鞘にしまう金属音が響いた。 「挨拶をすると言う事だったな。では帰れ、もう済んだ」 「ですが、」 「煩い」 監察官はスザクの横を通り、壁を掘られて作られたコッドに寝そべった。 「俺は女は要らない、水が足りない事は昼間に聞いて知っている、首都から水は運ばせる旨の書は明日用意する。それで良いだろう、さっさと帰れ。」 「でも僕今ここから出たら襲われると思うんだ」 スザクは正直に思っていたことを告げた。監察官は閉じかけた目を少しだけ開いて「ではここにいろ、だが俺は寝る」と呟き、今度こそ目を閉じた。変な人だ、とスザクは思った。黒い髪、長い睫毛、スザクとは正反対の日焼けを知らないような白い肌。ちらりと炎に揺れた瞳は紫だった。晴れる日の暁と宵に一瞬だけ顕れる空の色。 「おかしな人」 スザクは呟いて被った布を取り払った。剥き出しの岩の上で眠るのは流石に辛い。監察官の丸まった毛布を寛げ、おじゃまします、と呟いて横に滑り込んだ。隣国の山岳地帯で取れた山羊皮は、行商人から買い取ったものなのだろう、普段使われない上等なそれはすぐにスザクを眠りへと引き込んだ。 スザクは寝相が悪い。だから服が乱れた。それだけだが、朝になり起きた監察官はその姿を見て仰天した。自分が記憶のない間にスザクを襲ってしまったのかと勘違いしたためだ。肩を揺すられて起こされ、昨夜の自分の決意を無駄にされたスザクはつい悪戯心で否定を控えた。すると、ルルーシュと名乗った監察官は更に慌てだした。それにくつくつと笑うと、漸く面白がられていることに気付いたのか、こちらはおもしろくない顔でため息を吐いた。 「やだな忘れちゃったの、俺は女はいらないーって、あんなにきっぱり断言してたのに」 「…覚えていない、昨夜は村長にしこたま酒を飲まされたからな。それより何でお前はここに居たんだ」 「それも昨日話したじゃないか。ここを出たら僕、嫉妬に狂った姐さん達に襲われちゃうよ、って」 「なんだそれは、どういう理屈だ?!」 「呼び出された時、すごい殺気を感じたから。…殺されはしないだろうけど。」 ルルーシュは愕然とした。 「今までも相手をしないでお引取願った女がいたが、まさか彼女達も同じような目にあっていたんだろうか?」 「まぁ、もしかしたら」 かわいそうに、とスザクは手を合わせた。女の嫉妬は恐ろしいものだ。 「でも、何で抱かないの?僕だって昨夜、その覚悟で君の部屋に行ったのに」 「面倒臭い。俺と結婚したって、手に入るのは王宮の一部屋くらいのものなのに、皆俺に妻をあてがおうとする。いい加減うんざりするぞ」 「え?」 「知らないで来たのか…俺は現王の息子だ」 だって挨拶だってもしかしたら型どおりの挨拶で済むかと思ってたんだ、と思ったが口には出さず、スザクはおうさまのむすこ、と呟いて理解した途端、驚いた。 「えぇ!?王子様?!」 「まぁ、108人いる側室の中の一人だから、そんなに大した身分じゃないが」 ふ、と口端を歪めた。 スザクはルルーシュをオアシスの水辺に案内した。枯れかけたオアシスを見て、ルルーシュはまだ葉を付ける椰子の影に入った。スザクも隣に並ぶ。 「ルルーシュの肌って白いね」 「王宮では肌の白さがステータスなんだ」 働いてないと言うことだからな。冷ややかな声でつぶやいたので、ごめん、とスザクは謝った。 「謝られる事ではない、…すまない、お前の前では妙に卑屈になってしまうようだ」 ルルーシュは俯いた。 「そんな事ないよ、こんな辺境まで視察に来てくれて、ルルーシュは立派に働いてるじゃないか」 「そうだろうか」 ルルーシュが俯いて自嘲の笑みを浮かべるのを見て、スザクは何か励ましたいと思ったが、運動神経はともかく、読み書きすら覚束ないスザクにはうまい慰めなど考えつくはずもなかった。 かわりに話を逸らした。 「ルルーシュ、ここにはいつまでいるの?」 「…天の川が満ちる日までの予定だ」 「そう。…僕の誕生日、その三日後なんだ。」 「そうか。じゃあそれまで滞在をのばすか」 「…ううん」 スザクは首を振った。 「君は早く帰って。ごめん、変な事を言って」 ルルーシュは怪訝な顔をして、だが、そうか、と頷いた。 村の中で無用な諍いが起きぬように、と、ルルーシュの世話はスザクに一任されたので、その日以降、スザクはルルーシュについてまわっていた。祖父の世話に慣れていたスザクは、人の面倒を看る事に人一倍長けていたのだ。スザクの祖父はこの村では高齢に入る長老の一人で、先代の村長でもあったので、その間の世話は村の人が務めてくれた。 女の子だと言うのに、自分を僕と呼称し(近頃はめっきり会わなくなったが、幼い頃の遊び友達の影響だ)厳格な祖父に育てられたお陰で培われた正直さはひねくれた考え方をする当世風とは一風どころかかなり斜め上を行くものだった様で、ルルーシュを困惑させたが飽きさせもしなかった。 天の川が満ちた。今日まで雨は降っていない。 首都から村々を回って来たという旅芸人が村を訪れ、興行した。 空は晴れ渡っているというのに日に日に暗い空気に覆われかけた村も、この夜だけはと活気を取り戻した。ルルーシュもスザクの隣で、彼等の大衆向け特有の下品さに途中美麗な眉を細めながらも最後まで観劇した。 『ひび割れた大地に赤い砂礫が舞う 私は高らかに唄を歌って 雨の訪れを待ちつづける 井戸はからからで小石しか出ない 天窓の花ももうすぐ萎れそう 私の涙では水が足りない 太陽よアポロンの灯よ 貴方の接吻けはいらない 風雲よ雨を連れて 手のひらへ降り注げ 星月よデネブの灯よ 貴方の抱擁はいらない いかづちよ雨と共に 手のひらへ降り注げ…』 この辺りに伝わる歌だと、旅芸人達は舞った。楽隊はダフでリズムを打ち、バイオリンやクラリネット奏者は旋律をリードして、花形らしい若い女は朗々と唄を歌い上げた。観客の中には聴き入る者も、口ずさむ者もあった。ルルーシュは途中スザクに問う。 「この歌は、そんなに有名なのか?」 「知っている人はごく一部だと思うよ。うちの村では、夏生まれの女性にだけ」 舞台の上では女が腕を組み、雨を受ける仕種をみせる。そして―――ばたりと、倒れた。 それと共に宴も終わりを告げ、人々は手にしたワインを飲み干した。 酒場から皆が消えた頃、片付けの手伝いに残っていたスザクは、村長に呼ばれた。 スザクは一瞬肩を揺らし、スザクを待ってワインを飲んでいたルルーシュを振り返った。 「ごめんルルーシュ。ここでお別れだ」 「なんだ、」 「これから仕事があって、実は明日も見送ってあげられないんだ…ごめんね」 ルルーシュはスザクの手を引いた。穴倉の外に出る。晴れた空には雨の降る気配もなく、先日より更に増えた星が輝きを増していた。 「気付いていたかもしれないが」 「ん?」 「最初の夜、外にずっといたお前を俺も外で見ていた」 「知ってるよ」 だって部屋に入って来た時、震えてたもんね。身体も冷たかったし。 指摘するとルルーシュは僅かに頬を緩めた。ばれてたか、と罰の悪そうな顔をする。 「あんなに安らかに眠ることが出来たのは死んだ母と共寝していた時以来だった」 「うん」 「…スザク、都に来ないか」 「え…」 何これ、結婚の申込み? 呆気に取られて聞き返すと、ルルーシュは馬鹿、女なら言葉を慎め!とワインで元々赤かった頬を更に赤く染めた。スザクはかわいいな、と思って笑った。ルルーシュはほっとしたようにスザクの手を取る。 だが。 「ごめんルルーシュ、僕、まだここでやらなきゃいけない事があるんだ。だから、行けない」 「お前の祖父も連れてくればいいし、仕事なら他の人間に頼めば」 「ううん、これは、今までこの村の人に育てて貰った僕の義務だから。」 「じゃあ、その後でも良い。俺が、迎えに来る」 その言葉にスザクは首を振った。 「僕の事は、忘れて欲しい。短い間だったけど、色々なことを教えてくれてありがとう、ルルーシュ。」 さようなら。 ルルーシュの顔を見ることは、どうしても出来なかった。 それから二昼夜、なけなしの水に浸かって過ごす。スザクの誕生日当日の早朝、翡翠や紅玉、瑠璃石で出来た装飾が付けられた真っ白な服を纏う。 祖父に会った。何も言わず抱きしめ合った。痛いくらいの力で抱きしめられて、少しだけスザクも泣いた。 外が見えない神輿に乗せられる。目隠しをされ、どことも知れない砂漠に下ろされた。スザクは歌を口ずさんでいる。雨を乞い願う、砂漠の民の歌を。 天の川がみちるまでに雨が振らない年に、太陽神に捧げられる供物は、その日により近い時に生まれた者が選ばれる。太陽神に嫁ぎ、ここではない、どこか別の場所へ行くように唆す。成功すれば、太陽神は遠のき、雨がやってくる。 神輿を降り、目隠しを外した。空は青く砂漠は陽光に白く焼けていた。 本当は、村に帰ることも出来るのだ。実際、今までにそういう例が何人かあったことも聞いている。だが、 どうせなら山が見てみたい。 白い雪を被った、雲を突く程の青い山脈、地表を流れる水の蛇、やわらかな草を食み放牧される山羊や羊。 酒場に出入りする行商人や旅人にいつか聞いた、その景色を。 『私の生まれた日に植えた椰子も枯れ』 『私の涙では水が足りない…』 足跡がない方角へ歩き出す。 歌いながら。 広がる砂漠は、指標となるものは何もない。 砂丘を越えれば、置き捨てられた神輿も見えない。 ひたすら足元を見て両手と、両足の指に満たない数の砂丘を越えた時、不意に砂粒が舞った。 引き寄せられるような風を感じて目をやると、遠くに風の渦があった。 (竜巻…) 砂谷に伏せた。陰に身を隠してやり過ごすのだ。ああ、あぁ、僕は (失敗した) 蹲った地面に額をつけ、思い浮かんだ名前は、太陽神ではなく。 (ルルーシュ) 重い。息が出来ない。上下関係が判らない。ここは、どこだろう。 意識を取り戻しても、身じろぐ事が出来ない。被った布が眼前を覆っていて前も見えない、その上、払いのけようにも手も動かない。 いやだ… ここは、嫌だ 気を失うまでの、灼熱の陽光は感じられない。ひやりと冷たい、砂の感触。 このまま、身動きが取れないまま、息絶えるのか。 そんな恐怖を感じる心とは裏腹に、身体を覆うように圧力をかけている砂はなんだか、誰かに抱かれているようで心地よくも感じる。 スザクは再びまどろむように目を閉じた。少しだけ滲んだ涙は砂が吸い取ってくれた。 しかし、不意にまどろみが覚めた。誰かに引かれているような気がした。 音がした。砂を掻く音が。 袖が突っ張った。腕に手が絡まる。冷たい手。そして、呼び声。 スザクは苦しくなって、もがいた。覚醒すれば、この場の空気はあまりにも少ない。 バタバタと足音が響き、砂を掻きやる手が増えた。 「スザク!」 顔が地表へ現れた。呼吸に喘ぐ。熱い砂混じりの空気が喉に入り、スザクは咳込んだ。 「スザク!大丈夫か!?」 「ル、ルーシュ?」 ぼんやりと涙で滲んだ視界でルルーシュを見つける。呟いた声が酷くしわがれていて、白い面が悲痛に歪んだ。スザクを囲んだ男達に水を、と頼み、革袋の水を持って来させ、飲ませようとするが、飲み込む動きすら喉の痛みに邪魔される。すると、また数人の人間がやってきた。その中で年のいった女がスザクの顔を覗き込み、飲み下せないのかい、なら、と言って、がさがさに乾燥した唇に水を指で塗った。 スザクは舌でそれを舐めとる。数回繰り返して、女はもう大丈夫だ、と言った。意識も回復したし、寝床へ連れてきてやんな、男共!と威勢良く喝を飛ばした。 幌の付いたラバの車の一画に、先に行った女が用意してくれたのだろう、羊毛を敷いた寝床が出来ていて、スザクはそこに横たえられた。水が足りないんだ、あんた、さっき私がやってたみたいにするんだよ、とルルーシュに言い残し、女は幌から出て行った。 ルルーシュは言われた通り、水袋の水でスザクの唇を湿らせた。 「あつ、い」 「もうじき日が暮れる、少しは涼しくなるから待て」 ルルーシュは言って、喋れるならもう大丈夫だな、と残りの水をスザクに渡した。スザクは億劫そうに身を起こし、水袋から水を飲んだ。何の味もしない水は久しぶりだ。 「ルルーシュは、どうして此処に居るの?」 「…あの女と話をした」 「?」 話が繋がらず、スザクは首を傾げた。 「お前と別れた後、村の外にいたあの女に話し掛けられたんだ、雨は降ったか、と。俺は否定して、人柱の話を聞いた。」 「…そう、」 「あの女はお前の村の出で、15年前に人柱として村の外に置き去りにされたそうだ。それであの旅芸人の一座に拾われた。その時の村長だったお前の祖父に頼まれてな。」 「お祖父様が…」 「それで皆の目を盗んで礼を言いに言ったら、礼は良いから、孫を助けてほしい、と頼まれたそうだ。勿論、俺も頼んだぞ」 「…」 スザクは驚いた顔でルルーシュを見た。 「何だ、その顔は」 「だって、」 「俺は…フられたとは思っていなかった」 ルルーシュは顔を背けた。そのせいでスザクからルルーシュの顔を見ることは出来ないが、やはり傷付けてしまったのだ、とスザクは思った。 慰めなくては、とスザクは思ったが、ルルーシュは話を進めたい様だった。 「それで、お前は役目を果たした訳だが、これからどうするつもりだ」 「え?」 「村へ帰るか、俺と来るか、この旅芸人に世話になるか」 「…ルルーシュは?」 「どれでも良いぞ、好きな道を選べ」 ぶっきらぼうに、感情を交えず話すルルーシュにスザクは哀しくなって堪らず囁くように言った。 「僕はルルーシュが好きだよ」 「…当たり前だ」 「でも、都には行けない」 「何故」 「何故って…」 スザクは困ったそぶりを見せた。 「僕、頭良くないし」 「あぁ」 「ルルーシュが僕の他に奥さんを作るなんて許せそうにないし」 「そんな面倒なものは俺も作る気はないが、まぁお前は都には向かないだろう、とは思っていた」 「なんだよ、それ」 笑いを漏らしながら言われた言葉にスザクは安堵した。 「だから、お前はこれからどうしたいんだと聞いている」 「僕は…」 スザクは言い淀んだ。都に行かないと言った以上、ルルーシュとは此処でお別れになる。 ならば、それに見合うだけの、目的を。空いた穴を塞ぐ程の希求を持たねばならない。 スザクの心は、神輿から降りた時には既に決まっていた。 「前に、話したことがあったよね。昔、村に来た行商の人に聞いた話」 「砂漠の向こうの、山の事か」 「うん。…僕はね、その山を見てみたい」 想像でしかなかった、山や、川や羊や、風で動く車や、…そんな物が見てみたい。触れてみたいんだ。 「…なら、この一座に着いていけば良いな。途中までは、方角は一緒の筈だ。」 ルルーシュが冷静に言う。 それがあまりにも素っ気なくて、スザクはうなだれた。 そこに爆弾を落とされる。 「一つ、お前に言っておく事がある」 「…なに?」 「一昨日、書簡を送った。俺は、王位継承権を返上した」 「え?」 聞いた言葉が信じられず、スザクは呆気に取られた。 「もともと、低い継承権だし、家族も居ない。身の回りの整理も完璧だ。いつ出奔するか、後は時期を選ぶだけだったんだ。」 嘯き、ルルーシュは尋ねた。 「今の事を踏まえて、聞くぞ。お前は俺に何を望む」 誕生日の贈り物だ。 ルルーシュを見つめた。 「…ずるいよ、ルルーシュ」 「理解している」 「開き直ってる?」 「いいや?ただ、確信はしていた」 ルルーシュはくつりと笑みを零す。 「それで、どうする?」 どうしたい? 囁く声音で、問われる。 「…ルルーシュは、僕の物になってくれるの?」 「お前がそう望むなら」 恐る恐る口にした言葉に、ルルーシュは笑って答えた。 一座はその場に野営を決めた。下がり始めた気温の中、新参者の祝いの席にと、20人に満たない人間で一つの焚火を囲んだ。赤々と照らされる輪の中には、笑顔で笑うスザクが女達に囲まれている。 「それで良いのかい、あんたは」 「あぁ」 隣国の国境を越え、更に西にある山脈まで、ルルーシュとスザクは行かねばならない。スザクは山が見たいと言った。だが、彼女の願いはそれに留まらないだろう。おそらく、オアシスが枯れた原因を突き止めたいが為の旅の決意だ。本人が気付いていないにしろ。 隣国の途中まで、この一座と同道する。入国がその方が簡便に済むし、路銀も手に入る。スザクは舞台、ルルーシュは裏方で働く事になるだろう。 「貴女はそれで良いのか。彼女に本当の事を明かさないままで」 女は、三十路を過ぎた顔を伏せた。 「良いんだよ。あの子の父親ももう死んだ。病気でね。今更名乗る理由もないさ」 「そうだろうか。」 ルルーシュも俯いた。 少し寒い。腕を前に回し、自身の身体を抱きしめた。 「母親が、自分の事を気にかけてくれている事実は、あいつにも大きいと思うが…特に村を出たばかりの今は。」 「だからだよ。あの子はとっくに私の手を離してる。父様はあの子を立派に育ててくれたよ。だが、淋しい気持ちはあるんだろう。…今里心がついちまったら、あんた、捨てられちまうかも知れないよ」 「…それは困るな」 ルルーシュは苦笑した。 母を暗殺され、ぬるま湯の中で溺れかけた手にやっと掴んだ僥倖だ。手放せる訳がなかった。 「神にくれてやるつもりは更々ない」 空は今夜も晴れ渡っている。捧げられた乙女を取り戻そうとする太陽を背に、旅をすることになる。 「受けてたってやるさ」 ルルーシュは不敵に笑って見せた。女は、肩を竦めスザクを呼んだ。 「スザク!あんたの旦那が不機嫌そうだよ」 「え?ルルーシュ?こんなところでどうしたの」 スザクは輪の中から抜け出し、ルルーシュの側に来た。腕を取り、うわ、こんなに冷えてるじゃないか!と驚く。腕を引き、火の近くに引っ張り込むと、温めたワインを渡された。 ルルーシュの眼って、火の近くで見ると葡萄酒の色だね、とスザクが屈託なく笑う。 そういうスザクの眼の色は、オアシスの緑の色だった。砂漠を旅する人間が、求めて止まない恵の色だ。 二人の会話にあてられて、口笛が跳ぶ。誰かが楽器を取り出し、男達はいつしか踊り出した。地を踏み鳴らし、長く影が延びる。そして男の誘いに女達が応じ、主役が交代する。 「ほら、あんたも歌いなよ、良い声してるじゃないか」 頭領の女が誘いを掛けたが、スザクは件の歌しか知らなかった。 そういうと、女は答えた。 「今も昔も場所を選ばず受けが良いのは恋の歌さ!」 そこで女が歌い始めたのは亡くなった夫に歎き悲しむ妻の恋歌だったが、何故かちっとも悲しそうに聞こえない。周囲の人間はいつもの事だと笑うので、スザクも笑った。しばらくして、目を細めて光景を眺めるだけで、輪に加わらないルルーシュにスザクが歩み寄った。 「ルルーシュ?」 「…」 「どうしたの?」 「眠い…」 どうやら先の温められたワインが決定打だったらしい。実際、過酷な環境に来て三日三晩まともに眠れていないルルーシュだが、それを知らないスザクは初めて会った時も酔っていたなぁと思い納得した。ワインを水代わりに飲む砂漠の民より弱いのは確かだが、ルルーシュだって酒が弱い訳ではない。ルルーシュはそう言いたかったが、眠りの精がルルーシュの瞼の上に座り、梃子でも動こうとしなかった。 「寝ちゃいなよ。」 スザクは何かないかと探して、何もないのを知ると、ルルーシュを引き倒して肩に寄り掛からせた。 「お疲れ様、ルルーシュ」 「ん…」 僅かな吐息を残して寝息を立て始めたルルーシュの額に唇を落として、スザクは言った。 「ありがとう」 僕のせいで全てを捨てたルルーシュ。僕の為に全てを捨ててくれたルルーシュ。 …僕を求めてくれたルルーシュ。 (いつか、君の為の恋の歌を歌うよ) スザクは一滴だけ涙を落とした。掬われる事のなかったそれは砂礫の地面に吸い込まれ、すぐに消えた。 翌日、砂漠は曇天を呈し、更に翌日にはごく僅かな雨を降らせた。子供達は跳ね回り、大人達は水を集めようと右往左往した。 ―――だがそれも、砂漠を行く一座には知り得ぬ事ではあった。 晴れすぎた空の下で ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 20080709 20080710 Suzaku’s BDss. ※途中、『』内 志方あきこさんのCDアルバム、『RAKA』 「10、晴れすぎた空の下で」を一部引用させていただいております。 タイトルもお借りしました。 申し訳ありません、これ以上に合う言葉が考え付きませんでした・・ ですので、ここまで読んでくださった皆様へ、転載等の悪用はご遠慮くださいますよう深くお願い申し上げます。 ブラウザバックでお戻りください |