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何やら騒がしい外の様子を尻目に、ルルーシュは自分が気付いた事実に浮かれながら跳ね戸を開けます。
果たして彼はそこにいました。けれども視線はルルーシュではなく、唯一外部に繋がる、屋根に沿った窓を開け放し、外を睨み据えています。
その眼差しは厳しく、ルルーシュは声を掛けあぐねました、が、数瞬遅れて彼は佇むルルーシュに気付き、こっちへ、と招き寄せました。
「来たのか」
「知っていたの」
「夢現に、少し聞こえた。」
彼はルルーシュの姿を一瞥すると、見張っていて、とルルーシュに囁きました。
彼はどうするのかと思いながら視線を窓の外に固定します。三人の兵士と、銀髪に白い長衣を纏った男が一人、台座に置いたガラスの靴にシャーリーが足を入れるのが見えました。シュナイゼルの姿は見えません。沢山の見物人と女の子の列が見えます。色とりどりな様は先日の舞踏会の様子を彷彿とさせますが、青い空の下で見ると、お伽話のように楽しげに見えます。追われる身でありながら、フェスタのような雰囲気に胸がわくわくしてきます。
その間に彼の作業が終わったようで、ルルーシュのそばに戻ってきました。
隣に立つ彼は、相変わらず厳しい眼差しで外を眺めています。ルルーシュは部屋に戻ってくる前に感じていた沸き立つ心を思い出しました。
ルルーシュは、ふ、と笑い、僅かに上にある彼の耳元で囁きました。
「スザク」
「!」
彼が―――スザクがビクリとして、ただでさえ大きく見える翡翠を更に大きく見開きました。その瞳には驚愕や、緊張や、無垢な慕情がほの見えて、ルルーシュは更に笑みが深くなるのを感じました。
「スザクなんだろ?」
「…あ、さっき」
「義母上がそう呼んでらした」
やられた、と言うようにスザクは頭を抱えます。
「それだけじゃない。眼とか、髪とか。よく見れば気付くさ」
「いつから気付いてたの」
「はは、すまない、偉そうに言ったが、気付いたのはさっきだよ。…お前、始めから魔女の使い魔だったのか…?」
「ううん、C.C.に会ったのはこないだの晩が初めてだったよ。」
「そうか」
ルルーシュはほっとしました。屋根裏で、ベッドに包まって弱音をはく姿は、できれば誰にも見せたくはない姿でした。スザクに見られてしまったのは大誤算でしたが、覆水は盆に還らないのです。ルルーシュにとっては、魔女に知られる事の方が遥かに恥ずかしく感じられたのです。
「それで、C.C.が、ルルーシュの手伝いをしてやれって。今度も。」
「そうか」
ルルーシュは頷くと、僅かに頬を染めて、聞いてしまえ!と勢いのまま口を開きました。こちらが一方的に気にしていて、また一方的に動揺した姿を見られるのは堪え難いことに思えたのです。
「じゃあ、舞踏会の夜に言ったことは?」
けれど、言った後に後悔したルルーシュでした。今は、そんなことを話している場合ではない筈なのです。何せ、この場を乗り切らねばルルーシュはシュナイゼルの妻になってしまうかもしれないのですから。そして、そのような事態に陥ることは、多分、魔女やスザクにとっては何かしら都合の悪い事情がある筈なのです。
しかし、その理由が単なるスザクの独占欲だとは思い当たらないのは鈍いルルーシュならではのものと言えるでしょう。
ルルーシュは後悔しながらもスザクの反応を伺います。覆水盆に還らず。ルルーシュは先程心の中で呟いた言葉をもう一度つぶやきました。
しかし、一度零してしまった水です。どうせなら全てを零してしまえ。ルルーシュはそんな風に思って何も言わないスザクを見上げました。すると、スザクは、口元を押さえ、顔を真っ赤にして視線を逸らしていました。
これほど幼い彼を見たのは、(知り合って数日しか経っていないのだから当然かも知れませんが、)初めてでした。
彼はいつも、ルルーシュの為に一生懸命ではありましたが、何かを抑制したような微笑みを浮かべていて、どこか達観している節があったのです。先程、浴場でルルーシュの裸を見たときも、慌ててはいましたが頬を染めたりだとかの人らしい反応はなかったのです。
(…はだか?)
一瞬、何かが引っ掛かった気がしましたが、今はスザクの様子の方が気掛かりでした。
「…スザク?」
「…本当だよ」
もごもごと覆った手の隙間からスザクが言いました。
その様子が今だかつてないほどかわいらしかったので、ルルーシュは、つい状況も忘れて聞こえない振りをしました。
「聞こえない」
「…っ、本当だよ」
今度は当てていた手を外し、スザクは一変して真面目な表情でルルーシュを見つめて言いました。
「僕は、ルルーシュが好きだ」
みどりの瞳は真剣そのもの。大きな眼の輝きが無垢なままなのは、やはり鼠だからなのでしょうか。
その顔が、段々と近づいて来ていることに、始め気付きませんでした。
いつの間にか、髪に手を差し入れられ、首の後ろを固定されます。
スザクの手は大きく、熱く、込められた力は思いの外強いものでした。
キスされる。
そう悟ったルルーシュは、もともと上っていた血が、更に熱を持つのがわかりました。
もう、スザクの手の感触も、外の音も聞こえません。
伏せ目がちの為尚更強調されて見える、スザクの髪と同じ色の睫毛が、ルルーシュのそれと触れ合いそうな程近づき、僅かな呼気を感じて目をつむった、次の瞬間。
唇に触れる僅かの感触。
そして。
突然沸き起こった光に驚いてルルーシュが瞼を開けた時には、既にスザクの姿は視界から消えていました。
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200706XX
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